第六章 近距離恋愛

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 お好み焼きから始まって、芹沢くんの伊織への差し入れは毎日続いた。  伊織は申し訳なさそうに『圭にやめるように言いますから』と言ったけれど、『私の罪滅ぼしだから、気にしないで』と伝えた。  芹沢くんの健気な差し入れ作戦と自分のお弁当作戦が重なって見えて、私もめげずに作戦を続けようと思った。  とは言っても、私に出来ることなんてたかが知れていた。  夜、ベッドに入る前に『おやすみなさい』とメッセージを送り、返事を待つ。  十分後、『おやすみ』と返信がきた。  ホッと胸を撫で下ろし、その夜はいつもより心地良く眠れた。  翌朝、『おはよう』とメッセージを送ると、三十分後に『おはよう。行ってきます』と返信がきた。  たったそれだけのやり取りが、とても嬉しかった。  出勤途中で満井くんにお弁当を託し、空のお弁当箱を受け取る。  明日のお弁当は何を入れよう、と考えながら仕事に向かう。  ふと、自分のしていることがやけに滑稽に思えた。  毎日せっせと弁当を作り、他愛のないメッセージに喜んで。しかも、相手は夫。  なに……やってんだろ……。  蒼に会いたい。けれど、会いに行く勇気がなかった。  二人の家に一人で帰るのは寂しくて、スーパーが閉店する十時までに買い物を終えられる、ギリギリまで仕事をした。  時々、充さんが心配そうに私を見ていたけれど、お互いに何も言わなかった。  お弁当を作り始めて五日。  空のお弁当箱にチョコレートが一粒、入っていた。去年のバレンタインに私が蒼に渡したチョコレート。  スイスの高級チョコレートで、バレンタイン限定で日本で販売されたもの。 『限定って特別感があるじゃない』  手作りが良かったと言った蒼に、私は言った。 『手作りのは、いつでも食べられるんだから』  ネットで調べてみると、このチョコレートは日本では販売していなかった。  スイスから取り寄せたの……? 『チョコレート、ありがとう』  お礼のメッセージに、返信はなかった。  翌日も、お弁当箱にチョコレートが入っていた。  このチョコレートはひと箱十粒入り。    十日が過ぎたら、私たちはどうなっているのだろう……。  漠然とした不安を、チョコレートと一緒に口の中で溶かした。
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