第六章 チョコレートを溶かす体温

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第六章 チョコレートを溶かす体温

 咲の弁当を持って現れた芹沢から、古賀さんにプロポーズすると聞かされた時は驚いた。 「上司に許可を得る事か?」 「一応……」  芹沢が歯切れが悪いのは珍しい。 「なんか、お前らしくねーな。振られそうなのか?」 「まさか! ただ、俺はともかく、伊織は仕事を含めてタイミングを大事にすると思うので」 「で、咲の許可を貰いに行ったのか?」 「はい」 「で、ついでに弁当の配達を頼まれたか」 「はい」  咲がわざわざ芹沢に頼むとは考えにくかったが、そういう流れなら納得出来る。 「悪かったな。わざわざ」 「いえ」 「俺は家族の前で婚姻届を書いてもらったな」  プロポーズと聞いて、懐かしくなった。  まだ、たった二年程前のことなのに。 「え?」 「焦り過ぎて順番すっ飛ばして、咲にちゃんとプロポーズする前に俺の親父と咲のお父さんに証人になってくれって頼んだんだよ」  思い出すと、今でも恥ずかしくて笑える。 「咲と結婚させて欲しいって、ビシッと咲のお父さんに頭下げてさ。俺的には完ぺきだったんだけど、『私はプロポーズされてない!』って咲に泣かれてさ。みっともないのなんのって……」  咲に会いたくなった。  堪らなく。 「早く咲を俺のものにしたくて、余裕なさ過ぎて、ホント……、自分でも情けなくなったな……」 「わかる気がします」  芹沢が少し不安げに言った。 「俺も必死ですから……。断られないように外堀埋めて」 「惚れた弱みだって言われたよ」 「そうですね」 「お前も尻に敷かれそうだな」 「もう、敷かれてます」と言って、芹沢が笑う。 「そうか」 「蒼さん」 「ん?」 「怖くないですか?」  急に真顔になって聞くから、何事かと思う。 「何が?」 「こうやって離れているの」 「怖い……とは思わないかな」  咲を信じている。それは、決して揺るがない。 「寂しい、とは思うけど」  芹沢がミネラルウォーターのペットボトルを飲み干して立ち上がった。 「結婚報告は伊織と二人で伺いますから、それまでに家に帰って下さい」 「うるせーよ」 「早ければ次の週末にでもお宅に伺いますから。それまでに、絶対、帰っていて下さいね!」  生意気にも俺に指図して、芹沢は次の外堀に向かって走り出した。
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