第一章 懐かしい依頼人

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第一章 懐かしい依頼人

『副社長、一番に椎名蓮(しいなれん)様からお電話が入っておりますが、受けられますか?』  秘書からの内線電話。  椎名蓮……?  私は三秒ほど考えて、思い出した。 「出るわ」と言って、私は点滅している〈外線1〉のボタンを押した。 「お待たせいたしました、副社長の築島(つきしま)です」  いちいち肩書をつけて名乗らなければいけないのが、心底嫌だった。けれど、社長も『築島』だから、仕方がなかった。社長は男性なのだから、声で分かりそうなものだが。 『(さく)? 椎名です』  受話器越しに懐かしい声が聞こえる。 「お久し振りです、先輩」 『うん、久し振り』  変わらない、穏やかな声。 『忙しいのに、突然ごめん』 「いいえ、先輩こそお忙しいのでしょう?」  電話の相手、椎名蓮は私の大学の先輩。デザイン事務所『SHINA』の社長。 『咲ほどじゃないと思うよ』 「今日は、どうしたんですか?」 『急で申し訳ないんだけど、相談したいことがあってね。時間をもらえないだろうか』と言った先輩の声からは、少し緊張が伝わった。 「いつがいいです?」 『咲の都合のいい時間に』 「ちょっと待ってください」と言って、私は〈保留〉を押した。  秘書への内線ボタンを押そうとした時、プライベートのスマホが震えた。ポップアップで(そう)からのメッセージだとわかり、内容を確認した。  今から三泊で出張になったから、今夜の約束を延期してほしいという謝罪。  私は保留を解除した。 「今日の夜なら空いてるんですけど、どうでしょう?」 『俺は大丈夫』 「ちょうど食事の相手がキャンセルになってしまったので、予約してあるレストランに付き合ってもらえますか?」  お互いに忙しくて一緒に出掛けることがなかったから、今夜は食事をしてレイトショーを観ることになっていた。 『旦那さんが気を悪くしないかな?』 「大丈夫ですよ」  七時にレストランで会うことにした。  蒼には気を付けて出張に行くようにと返事をした。  直接電話してくるなんて……何事だろう。  先輩に最後に会ったのは、五年前。  就職活動中の妹がT&Nグループの入社試験の最終面接を受けるから、アドバイスがあれば欲しいと頼まれた。  当時の私はT&Nホールディングスに勤めていることは隠していなかったけれど、百合さんと組んで『虫使い』を追っていたこともあって、所属部署までは大っぴらにしていなかった。  私は妹さんの名前を聞き、専門知識をアピールするといいとだけアドバイスした。  翌日、彼女の学歴と保有資格、入社試験の結果全てに目を通し、百合さんに頼んで内定通知を出してもらった。  所属は情報システム部。  私は極秘戦略課の立ち上げで多忙だったし、システムを構築してからは庶務課に異動していたから、彼女が入社してから四年もの間、一緒に仕事をすることはなかった。  私はデスクの電話に手を伸ばし、ボタンを押さずに引っ込めた。  代わりに、目の前の資料に手を伸ばした。
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