寒葵によす

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ガーデニングを趣味としていた亡き母は、寒葵をこよなく愛していた。  手入れする人間がいなくなった今でも、実家の庭のそこかしこに寒葵は葉を茂らせている。  小学生の頃、母に聞いたことがあった。 「どうして、この葉っぱばかり植えるの?」  寒葵は葵という名こそ付くもののあの可憐な花を咲かせる葵とは別種で、葉を楽しむ類の園芸植物である。幼いながらにどうせたくさん植えるなら花が咲くものにすればいいのに、と思ったものだ。  母は言う。 「いいじゃない、冬でも緑だし。それに一応花も咲くのよ」  たしかに、葉の根本に小さな黒い筒状の花らしきものがある。けれども、それは真ん中にじっと見ていると不安になるような暗い穴のある、およそ花とは言えないような代物だった。 ありていに言うと、ちょっと怖い。 「変な花」  そのころの私は、何かを恐れるというのは、まだ幼稚園の子供がやることだと思っていたので、わざとそう言った。  母は笑って受け流す。 「でも、花言葉は「あなたのそばに」というのよ。ほら、花が咲いているのは根本すぐ近くでしょう? 旅立つ友人を葉に見立てて、遠く離れていてもこの花のようにそばにいますという意味を込めて贈った人がいたんだって。なかなか素敵じゃない?」  そのあとなんと答えたのか私は覚えていない。  久しぶりの帰省でそのときのことを思い出し、ふと調べてみた。  といっても、単に検索エンジンにかけてみただけなのだが。 だが、何度言葉を変えて調べてみても、母が語ったような話は一切でてこなかったし、もっと言うと寒葵の花言葉は「あなたのそばに」ではなかった。  本来の花言葉は「秘められた恋」  なぜ、母がこの花を庭に植え続けたのか、今となっては知るすべもない。
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