4:エンドレス・シスターズ・ウォー

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4:エンドレス・シスターズ・ウォー

「認めよう。貴様は、俺が今まで手合せしてきた者のなかで、最も手ごわい男だった」 「あん?」 デネブは、冬史朗の首に添えた剣をぴくりとも動かさず、話し始めた。 「我々の世界では、こうして異世界、まぁ貴様らからしたら俺様たちが異世界人なんだろうが、ともかく、こうして異世界を侵略し領土広げてきた」 「迷惑な話だなそりゃ」 さすがの冬史朗も本物の刃物を前に動くこともできず、ひやり、と汗がしたたり落ちる。美花は目の前の光景に体を硬直させたまま、冬史朗の服を握りしめた。 「・・・ふん、貴様らも生き物を殺し、そうして生きてきただろう?」 デネブは剣を握る力を強めた。 「俺様の父君、つまり以前の王は歴代でも最強の力を誇り、その並外れた力で背我々の世界を広げていった」 「以前・・・? お前、それじゃ今は」 「ああ、多くの世界の住民たちの呪いを受けるかのように、ある日突然病で死んだ。・・・今は王の席は不在、そして俺様の肩に世界の全てが任されている」 「なるほどな。ま、それとこれとは関係ないんじゃねーか? 俺たちの可愛い可愛い妹を懸けた、妹グランプリには」 冬史朗は少しだけ体制をデネブに向けると、恐る恐るではあるが、剣を指差した。 「俺様にとっては初めての侵略だ。簡単に、負けを認めるわけにはいかない」 「妹グランプリに関しては俺のほうが優れてるってことは、内心わかってるってことか」 「まぁな」 「それで、強行突破で俺をねじ伏せて、勝とうって事か? そそ、それはお前、どうなんだ未来の王様として!」 「そうだとしたらどうする?」 「どうするも何も、お前、それは卑怯ってもんだろ!! お前の事、ちょっとは見直してきてたのによ・・・」 デネブも、本心は同様だった。 幼いころから未来の王として生活を制限されてきた。生まれ持っての才能もあり、何をやっても一番だった。だがそれは同時に、力を競い合える、楽しみあえる、そんな相手に巡り合えず、ぶつかり合うことを知らずに生きてきたことでもあった。 わずか3日間ではあるが、怒り、笑い、そして初めての敗北を味わいながら、同じ目線でぶつかり合ってきた冬史朗に、デネブは感じたことの無い感情を持ち始めていた。それがなんという感情なのかは、まだわからないが。 「・・・貴様に見直されたところで、俺様には関係の無い話だ。だが、ここで貴様に剣を振り落してすべてをなかったことにする、そういうわけではない・・・」 「ど、そういうこと、ですか?」 美花は、恐る恐る質問した。 「俺様に話しかけるとは、命知らずな女だな」 デネブは横目で、美花を見ながらすごむ。 「貴様に、選択肢をやる。いいか?これは貴様らの世界の命全てを乗せた選択肢だ」 「くだらねーことしか想像できんのだが、聞いてやろう」 「なんと答えるか、容易に想像がつくが、心して答えろ。今までの悪ふざけとはわけが違うと覚悟してな」 モニターの向こうでは、突然やってきた緊張感のある状況に、仲良くなった2つの世界の人々が、酒盛りをしながら息を飲んで注目している。 「貴様の命か、妹の命か、どちらか選べ」 「・・・そんなの即答で決まってるが、質問する意味あるか?」 「だろうな。いいか? お前にこの剣が振り落されれば、その時点で妹グランプリの勝敗は決まる。つまり、貴様らの世界の全ての命は消し去らせてもらう。・・・だが、妹に振り落すなら、お前らの勝ち、俺様、いや、我々は負けを認めて二度とこの世界に手は出さない」 「そんなっ・・・」 美花は息を飲み、冬史朗を見た。頬を伝う冷や汗を感じながらも、冬史朗はまっすぐと、そして、この3日間で初めて見せる真面目な顔で、デネブを見つめ返していた。 「面白いな。ひとつ教えてくれよ、王子様」 「なんだ? 命乞いという選択肢でも使ってみるか?」 「いいや? お前なら、お前なら同じ状況でどうするんだよ?」 脳裏に、一瞬いたずらな笑みを浮かべるベガがよぎる。デネブは、一度目を閉じると、その感情を押しこめ、剣を握る力を強めた。 「愚問だな。俺様はアルタイル王国、いや、我々の世界の民の頂点に立つ男だ。この意味が分かるか? 俺様は世界の命の上に立ち、同時に、すべての命を支えていく義務があるということだ。選択肢など無い。それが、頂点に立ち続ける、ということなんだよ」 まっすぐと冷徹に、だが、どこか儚げな眼で、デネブも冬史朗から目をそらさずに言った。 冬史朗は、大方の予想を裏切り、くすり、と笑いをこぼした。 「へへっ」 「・・・? なんだ、なにが可笑しい。この状況でなお、ふざける気か?」 「いいやー? そうじゃねーよ。 ただのカッコつけだな、と思ってさ」 「なんだと?」 眉間にしわを寄せる。雪の部屋には、ピリピリとした、何とも言えない空気が走った。モニターの向こうの観衆たちも、思わず互いに手を取り、その動向を見守った。 「俺には、お前の大変さも、辛さも、立場も分からない。だから自分勝手に決めさせてもらうけどな」 冬史朗は雪から片手を話すと、完全にデネブと対面する形で、立ち上がった。剣はぎりぎりのラインで冬史朗の首筋に傷をつけず、添えられたままだ。 「大切な、なによりも大切な妹の命ひとつ守れないやつが、世界なんか守れるかよ」 「・・・っ! それが・・・、貴様の答えでいいんだな?」 「知ってるか? 俺はただの冬史朗ってくだらない男だった時代はあっても、こいつが、雪が生まれたその日から、雪のおにいちゃんじゃ無かったことは一度もないんだぜ?」 沈黙。 凍てついた空気の中で、一瞬、デネブの目に光が宿ったように見えたが、すぐに消えた。美花は、それは勘違いだった、と思った。 重々しい空気の中、沈黙の後、デネブが口を開いた。 「もう一度、名を名乗れ」 「冬史朗。丘野下冬史朗だ。俺の可愛い妹のために、地球自体くれてやる変態バカ兄貴の名前だ一生覚えとけ」 「・・・冬史朗」 デネブは、初めて地球の、この異世界人の名を口にした。 「お前を、信じているぞ」 「?」 そういって、もう一方の手を剣の柄に添えると、音もなく、目にも止まらず、デネブは、冬史朗の首を斜めに一閃、切り裂いた。 雪の部屋には、息を飲み、言葉を失う美花の微小な音と、ゴトリ、と重たいものが床に落ちる、鈍い音だけが響き渡った。 『真実の剣。これは古よりアルタイル王国に伝わる呪いの剣さ・・・』 「呪い? 真実と名を冠しているわりには、物騒な」 デネブは剣をくまなく見ながら、水晶玉に返答した。特段、変わったところはない。磨けば武器として使えそうな、何の変哲もない立派な剣だ。 いつの間にか隣に移動したベガが脇から顔を出し、指先でツンツンと剣をつついた。 「そうどすなー。変わったところもありませんなー」 「どぅわっ!! ベガ!! 気配もなく移動するな!」 殺気など、気配を察する能力を鍛え上げあられたはずの自分に気づかれずに近づく妹に、デネブは恐れおののいた。 『そりゃあね、そのまんまじゃただの小汚い剣じゃ・・・。そいつはな、とあるタイミングでのみ、その真価を発揮するのじゃ』 「とあるタイミングだと?」 『そうじゃ。その剣は、その名の通り、本当の真実を見極める力を持っているのじゃ・・・』 「くどい話し方でんなー。『・・・』好きすぎるやろー」 『うるさいな小娘!!』 水晶玉は、すぐキャラ崩壊を起こす。 『・・・ごほん。人間てのは惨めなもんさ。すぐ建前を作りたがる』 「なるほどなるほど。お兄様もカッコつけて部下の前では冷めた顔して、ほんとは高いところ苦手どすもんなー」 「おいっ! こらベガ!! 根も葉もないことを言うな!!」 「いつもあの派手なだけで効率の悪い空に浮いてく演出した後に、トイレに籠って震えてますもんなー」 「デネブ様・・・」 「おいシリウス!! 信じるな! 信じるなよ!?」 『・・・まぁ、そういうことじゃ。とにかく、どんなに建前で格好をつけても、本心ではどこかで弱い部分を隠していたり、嘘をついていたりするものじゃ・・・』 つまり、建前を貫き通そうとする、または自分でも気づかないところで発言と逆の気持ちを抱えている者のみ、初めて剣としての力を発揮するという代物である。古来より、踏絵の形で使用されたきた、嘘をつくことができない処刑道具ということだった。 デネブは、剣をまじまじと見つめた。 「・・・なるほど、な」 『どう使うかは、あんた次第さ・・・。だが、そいつを使いきられなかった者はほとんどいない。真実ってのはときに残酷なものなのさ・・・』 デネブは、剣を床に突き立てると、一人窓際に立ち、見慣れない地球の月を見上げた。長年連れ添ったシリウスにも、何を考えているかわからない顔だった。 「お兄様」 「・・・なんだ? ベガ。お前が何と言おうと、俺様はやらねばならん」 「お兄様」 「だから、なんだというのに」 「あちらの妹はんのこと、本当はかわいいなー思とりますやろー?」 まったく脈絡のない質問に、思わずデネブは窓から突っ込んだ。 「ななななっ、何をわけのわからんことを言うんだお前はー!! そんなことこの俺様が思うわけないだろうがー!!!」 「ほんとですかー?」 なんだベガ、まさか嫉妬しているのか? 意外と可愛い奴だな・・・。 デネブは妹の新たな一面に恥ずかしくなりながら、ぶつけた頭をさすりベガに振り向いた。ベガは、か細い腕で真実の剣を握りしめ、振り上げた形で構えていた。 ためらいもなく、思い切り振り落した。重い剣を支えきれず、剣は思い切りよく振り落されると、デネブの前髪をかすり床に突き刺さった。 「・・・」 ハラハラと床に髪の束が落ちる。 「あかん、重たすぎて狙いがずれてしまいましたわー」 「・・・。・・・って、おい!! こら!! なにしてんだお前はー!!!」 「試してみましょと思いましてなー」 「どぅおーい!! 殺す気かおのれはー!!! 嘘じゃないよ!? 嘘じゃないけど、兄で試すな兄でー!!!」 「嘘じゃないなら大丈夫ですわお兄様ー。そーれ」 ベガはふらつきながら真実の剣を持ち上げ始めた。デネブは慌てて部屋の中を逃げ惑う。 「バカ! 待て!! 待てってベガ!!」 「待つのはお兄様ですー。お待ちになってー」 「くっ、来るなー!!!」 にぎやかに部屋からいなくなる。取り残されたシリウスを水晶玉は、顔を合わせると、やれやれと首を振った。 窓際には、剣に切り落とされたデネブの髪が悲しく落ちていた。 「どうなったんだ?」「アングルが下にずれて見えん」「あの面白いにーちゃん、やられちまったのか!?」 沿道の群集は、アングルがずれて床しか映っていないモニターを見ながらざわついた。世界を超えて、全員が固唾をのんで見入った。 「冬史朗ー!!!! 冬史朗! 大丈夫なの!? 冬史朗ー!!! 雪ー!!!」 「おおお落ち着きなさい母さんや! とにかく落ち着きなさい」 冬史朗の両親は取り乱している。父親は、なんとか妻を落ち着かせようと背中をさすりながら、ビール瓶で自らの頭を叩き続けていた。 雪は、昔の夢を見ていた。 生まれつき顔の整っていた雪は、美少年というよりはどちらかというと美少女を思わせるかをつきをしていた。小学生という世界は残酷だ。体が弱く、一見なよなよとしていた雪は、よく同級生の男の子たちの標的になりいたずらされ、遊びの輪にも入れてもらえなかった。 「雪!」 昔から、冬史朗はいつでも雪の味方だった。 初めて雪に美花のお下がりのワンピースを着せた冬史朗は、そのあまりの可愛さに絶句したという。そして4つも上の先輩である冬史朗から雪の可愛さを刷り込まれた雪の同級生たちの性癖は、あっという間にねじ曲がり、気づけば雪の周りはいつも友達で溢れていった。雪親衛隊という名の悪がきたちは、友達というよりアイドルのファンのようなものではあったが・・・。 冬史朗は、いつでも、どんな時でも味方だった。怒ったところも、ほとんど数えるほどしか記憶になかった。 「おにいちゃん・・・」 ゆっくりと、雪は目を開けた。 「おにい、ちゃん・・・?」 天井は、いつも見ている自分の部屋そのものだ。 隣には、小さいころから見てきた、冬史朗の背中が見えた。安心するその後ろ姿が、雪は大好きだった。 「おにいちゃん!」 ようやく目が覚めた雪は起き上がる。雪に背を向けて立つ冬史朗の向かいには、デネブ、そして足元には美花が座り込んでいた。それに、なにやら物騒なものが、物語の中で見るような剣の刀身が床に突き刺さっている。デネブはなにやら、刀身の無い柄を、握りしめていた。 ゆっくりと振り返った冬史朗は、雪をいつでも安心させてきた、優しい笑みを浮かべていた。 「おはよう、雪」 にっこりと笑うと、何事もなかったかのように、冬史朗はぐしゃぐしゃと雪の頭を撫でまわした。 「・・・? おはよう、おにいちゃん」 何か満足したような顔を浮かべるデネブと、腰を抜かしておいおいと泣く美花の理由が、雪にはわからないまま、ごつごつとした大きいな手にされるがまま、雪は撫でられ続けた。 沿道、いや、世界中で、二度と聞くことのできないような大歓声が上がっているとも知らずに。 翌日。 昨日までのお祭り騒ぎが嘘のように、丘野下家にはいつも通りの朝が来た。もちろん、家の前で異種混合のどんちゃん騒ぎも行われていない。 来ない可能性のあった4日目が、やってきたのだ。 丘野下家の居間には、デネブとベガ、そして水晶玉を持つシリウスと老人の側近が朝から見えていた。 「冬史朗、貴様の勝ちだ。俺様の、完敗だ・・・。まだまだ未熟だった。妹グランプリなんていう戦いがあるなんてな」 「ま、前もなかなかやるやつだったよ。それに、普通に楽しかったぜ」 冬史朗が手を出すと、デネブは一瞬ためらった後、その手を握りしめた。 「お前の妹を愛する気持ちは本物だった。あっぱれだ」 冬史朗の後ろで部屋着の雪は何か言いたげにもぞもぞとしたが、流石に口をつぐんだ。美花も視界の端で指を立てている。 「帰っちゃうのか? もう少しいればいいのに。今日からは普通の旅行気分でさ」 「そうもいかん。我々には我々の世界がある。いつまでもこっちにいるわけにはいかん。貴様に負けて、おめおめと逃げ帰るってわけだ」 そう皮肉るデネブの顔は、どうしたことか晴れやかだった。 「うちはこっちも楽しくて帰りたくないんですけどなー」 ベガは駄々をこねるように袖をふりふりとしている。 冬史朗は、シリウスの手の上にある水晶玉を見つけると、ふと口を開いた。 「あー、そうだ、あの初日のなんでも一つだけ願いをかなえてくれるってやつだけどさ」 「ああ、忘れていた。そういえばそうだったな。金か? それとも我々の魔法でも手に入れてみるか?」 「いやー、それも面白いんだけどさ、お前の、いや、デネブの」 自分の名前を呼ばれたことに、デネブは目を見開いた。家族以外で自分の名前を呼び捨てにされたことがないからだ。だが、不思議と腹立たしい感情は湧いてこなかった。 「デネブの妹のー」 「ベガ、どす」 「・・・ベガの、ほら、寿命を戻してやってくれよ」 「なっ、ほ、ほんとか!? 本当にそれでいいのか冬史朗!」 冬史朗は雪を抱き寄せ、上機嫌だ。 「もちろん。大事な妹を、大切にしろよデネブ!」 「・・・ありがとう。お前には勝てないな。よかったな、ベガ。・・・あれ? ベガ?」 気づくと、冬史朗は右腕に雪を抱き寄せ、そして左腕にはベガが抱きついていた。ベガはすりすりと冬史朗の腕に頬ずりしている。 「ありがとうございます冬史朗は~ん。さ・す・が、うちのベッドを共にした中どすなー」 ベガは嬉しそうに冬史朗の耳に息を吹きかけた。 背筋を、ぞわぞわぞわと心地よい感覚が駆け抜けた。 「お、おにいちゃん!? いつの間にベガさんとそんな仲に!?」 雪は兄の不貞に柄にもなく瞳を潤した。可愛い。冬史朗は背中の心地よさを感じた勢いそのままに、雪キスをしようと口を尖らせながら叫んだ。 男が男に、それも兄が弟にキスをしようとする様子を、冬史朗の母と美花はジト目で呆れながら見ている。 「ちっ、違う! 雪!! 俺は何もやましいことはしていなーい!! むしろ、お前とやましいことをさせてほしい!」 「ちょちょっ、ちょっとおにいちゃんなにしようとしてるの!!」 「ひどいわ冬史朗はん!! うちの純情をもてあそんでおきながらー! 責任とってもらわなー」 いたずらっぽく言うと、ベガも冬史朗の頬にキスをしようと唇を尖らせた。 美花から見える景色は、左腕に抱きついた美少女からのキスを避けながら右腕に抱きしめる弟にキスをしようとするひとりの変態が映っているのだ。 ふと、メラメラと殺意が部屋中に満ち足りていることに、美花たちギャラリーは気づいたが、当の冬史朗はそれどころではない。もちろん、さっきの正体はデネブであることは言うまでもない。 「・・・冬史朗、貴様」 「ん!? おお、デネブ、まだいたんか!」 「貴様、やはりここで切り落としてくれるわー!!!」 デネブは腰の、本物の剣を抜きとると、思い切り振り落した。間一髪、冬史朗は両脇の二人を突き飛ばし、かろうじて剣を避けた。 「まっ、待て、デネブ! 話せばわかる! 誤解だ!!」 「問答無用だこのゴミクズ!!!」 二人はそのままドアを突き破ると、外に飛び出した。 駆けていくいく冬史朗の背中に、怒りに満ち溢れたデネブと、そして美花、冬史朗の母の怒号が飛び、町中に響き渡った。 「「「このっ、ド変態バカ兄貴がー!!!!」」」 おわり
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