ドラゴンライダー

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 まず、そのデカさに俺は驚いた。洞窟の奥は高さがあったが、横幅はほんの少しだけ空間の余裕を残している程度で、俺の視界の殆どはその体でいっぱいになっていた。長い首はぐるりと曲げられて翼の下に潜り込ませていた為に顔はわからない。棘のような背ビレが尾まで続き、その太く長い尾も体を守るかのように周囲を囲んでいる。呼吸をするたびに全体が大きく膨らみしぼんで、又膨らんでしぼんで、それを規則正しく繰り返していて、俺が近くに寄って行った事にも気が付かない。  俺の掌ほどもある硬い鱗は青みを帯びた灰色で、いくつもいくつも重なっていて、その下にあるはずの肌がわからない。あたたかいのか、冷たいのか。やわらかいのか、硬いのか。湿っているのか、乾いてカサカサしているのか。    それにしても、どうみても好んで此処を寝床にしているようには思えない。窮屈で寛いではいない。体のあちこちがギシギシと鳴り、痛みを帯びているだろう。だいたい、どうやって此処に入ったのだろう。そう思った途端に、ゾッとした。もしかして、こいつは此処から動けないのではないか。此処で産まれてそのまま大きく育ってしまって出られないのではないかと、一瞬考えてしまったのだ。 「なんで…」  思わず声を漏らしてしまったところで、ドラゴンの呼吸のリズムが崩れた。しまった、と思ったが既に遅く、俺はドラゴンの尾に絡め取られてしまった。尻尾は洞窟の壁にぶつかり、大きな音をたてていくらか崩れた。長い首がぐるんと動き、やつの顔が目の前に現れた。大きな顔が間近にあるものだから表情も何もわからない。その威圧だけで俺は焦って、待て、だの、俺はお前を傷付ける気はないだの、到底通じないと思われるのに叫んでいた。結果、俺の慌てっぷりに悪意がないことをわかってくれたようで締め付ける力は弱まった。しかし、解放はされない。  体の圧迫が止まり、同時にやつの顔が離れ、その顔を見ることが出来た。  離れた両眼は大きく、瞳が深い緑色をしていた。時折瞬きをするが、目頭から一瞬半透明の膜が目を覆い、上下の瞼が閉じる。瞳が美しいのに、分かっていたはずだったのに、明らかな人間との違いに俺は動揺した。  噂に聞いた或るドラゴンライダーは、彼のドラゴンと心で会話をすることが出来るそうだ。ドラゴンはライダーの使う言語で心の中に語りかけ、博識で太古からの記憶を持ち、ライダーはそのドラゴンに導かれていると聞く。その話に憧れを持ってはいても、そんな馬鹿げたことが、と俺は思っていたのだ。しかし、本当だったことを俺は知った。いや、正確に言えば、あれは言語ではなかった。  感覚だ。  動揺していた俺に安心しろと語りかけたような気がし、口元が笑ったかのように見えた。  心が通じるということは、お互いにその感覚があったということだ。俺の彼への憐憫のようなものが伝わったことも、俺がドラゴンライダーとなる為の長い旅の途中だと知られたことも俺にはわかった。説明のしようがない。そうだったのだ。    彼は額で指し示すかのように、自分の体の背後を見やった。ドラゴンの大きな体のせいで俺には見えていなかったのだが、彼の背後には俺が思っていたより広い空間があった。湧水が広く湛えられており、生物の気配があった。二人ともじっとしていれば、湧き水のたてる涼やかな音も小動物か何かが動き回る音も聞こえる。岩肌に苔のような何かがたくさん生えていて光を帯びている。洞窟は更に奥に続くようだった。振り向いた彼の顔は穏やかだった。  ここでこのドラゴンが暮らすことに何の不自由もないのだ、と俺は理解したが、それでも彼が欲しくなってしまった。穏やかで豊かな感性の彼と共に暮らせたら、彼の背に乗り、飛べたらどんなにか素晴らしいだろう、と。そしてなにより、彼ともっと分かり合えたら。  そもそも俺がドラゴンライダーになろうと思ったのは、単純なきっかけだった。子供の頃に、高い空に飛び交うドラゴンとライダーの姿が心を打ったからに過ぎない。かっこいいとか、空を飛びたいとかだけではない。人間とドラゴンという全く姿も性質も異なる生き物が、お互いを信頼し合って身を任せている様子に惹かれたのだから、この出会いで俺が諦めるはずもない。  俺はしばらく洞窟で彼と一緒に過ごそうと決めたのだった。
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