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私は、彼の肩に手を置いたまま、静かに頷いた。彼はこちらを向かなかったが、手から伝わる感触で、彼が感じ取ったのがわかった。
悠登は、今度は長くゆっくりと息を吐いた。その身体は震えている。私は、手を彼の両肩へ、包むようにして添える。
「…大丈夫か?悠登」
彼ほどの才能の持ち主が、演奏をやめるのだ、その苦悩など、私には測り知れないが、せめて彼に寄り添ってあげられれば…そう思った。
「ずっと…怖かったんだ」
震える声で悠登は続ける。
「僕からピアノを取ったら、なにも残らないんじゃないかと」
「そんなこと!」
私は強く否定したが、悠登が首をふる。その目の端が光っているのが見える。
「僕がピアノをやめたら、君はきっと離れていってしまう…」
その言葉に、私は目を見開いた。
「え…」
「幻滅したろう?君と一緒にいるためだけに、ずっと続けていたんだ…僕は」
あまりのことに、私は言葉が出ない。
喉が、詰まった。
「私も……」
私もそうだ。
「ずっと、ずっと走ってきたんだ…。悠登、君を追って」
悠登が振り向き、驚きの顔で私を見上げる。
私もすでに泣いていた。
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