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父はピアノの蓋を上げ、ハンマーを使って弦の調整をしていた。少年はそんな父の作業を、ピアノの中を覗き込んで見ている。彼が目を伏せると、その睫毛が頬に影を落とすほどに長い。
父からも柳岡氏からも、彼についての説明はなにもなかったが、きっと彼は柳岡氏の息子だろう。私と同い年の息子さんがいると聞いていたような気がする。
彼は自然に父の作業を見つめていたので、いつも父が調律にくるときにはこのようにして見ているのかもしれない。
2時間ほどして、父の作業は終わった。陽は少し陰ってきていて、窓から射す光にも少し赤みがさしていた。部屋の中心にある丸いテーブルに、いつの間にかグラスに入ったお茶が出されている。作業中に用意されていたらしい。父は、柳岡氏に促されてテーブルにつき、グラスを取った。
「ありがとうございます」
少年が父に向かって一礼して言った。少し細いが、よく通る声だ。私は思わず顔を上げてそちらを見てしまった。
彼は、ピアノの前につき、椅子へ座ると、おもむろにピアノを弾き始めた。
流れるような指の運び。聞いたことがない曲だったが、最初の数節ですでに引き込まれていた。
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