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彼もテーブルにつき、お茶を飲みながら父とピアノの調律の具合について話していた。
「信司、お前もそんなとこに立ってないでこっちでお茶をいただいたらどうだ?」
父に言われて、私もそろそろとテーブルについた。盗み見ていた先程と違って、彼のほうをまともに見ることができない。彼のその才能に、存在に、圧倒されていた。
「悠登です。お話はお父様からよく聞いています」
彼は立ち上がってそう言った。
私も慌てて立ち上がり、
「信司です、どうも」と早口に言い、彼に向かって会釈した。いったいなにを聞いていると言うのだろう。私はにわかにむずむずとした。
それから、彼と父が、季節によるピアノの音の出方の違いと、そのときどのように調整していくのかを話していた。柳岡氏は、日本とヨーロッパの気候の違いも例に出して語り出し、父と議論をはじめた。
そのとき、向かいにいた悠登が私に目でなにごとか合図してきたので、私は戸惑いながら視線で応える。
「父さん、片山さん、ちょっと信司くんにこの家を案内します」
そう言うと、悠登は私の手をとって引き上げるとそのまま部屋の外へと連れ出した。
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