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部屋を出ると左手のほうへ連れられた。廊下の行き止まりの部屋の前で彼は立ち止まり、私のほうを見た。彼はまだ私の手をつかんだままで、それに気づくと手を離して、悪戯っぽく笑った。
「ごめんごめん、ああなると長いんだよ父さん達」
無邪気な笑顔で、歯切れのいい発音でそう言う彼は、さっきまでの儚げな様子とはまた違う印象だった。
「おじさんのうんちく、わざわざ聞きたくないだろ?」
彼がそう言うので私はつい笑ってしまった。笑った私を見て悠登もふふっと笑った。
「悠登…くん、そんな感じだとは思わなかった」
私はおずおずと切り出す。彼の名前を呼ぶとき、緊張してうまく発音できなかった。
「そんな感じって?」
私のほうが若干背が高いので、こちらを見上げて悠登が言った。
「もっと…こう」
「真面目なのかって?」
言って悠登がまた笑う。
目が細まり、白い歯が口の隙間からちらりと見えた。心臓の鼓動が高鳴る。私の手には、彼の手の感触がまだ残っていた。
「中に入ろう、ここ僕の部屋なんだ」
悠登に導かれ、私は彼の部屋に入った。中には立派な勉強机と本棚があり、本棚にはピアノの教本や楽譜が、ぴっちりと入れられていて、私は、その光景に感心していた。
「あ」
自分の世界とはかけ離れた本棚の片隅に、お気に入りの漫画本を見つけて、私はつい手にとってしまっていた。
「好きなの?」
「え」
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