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悠登の父は昔ピアニストを目指していたが、その夢は叶わなかったらしい。その夢を息子に託して、幼少から悠登にピアノを教え込ませていたということだ。
それを聞いた私はなにを言えばいいのかわからなくなくなってしまった。そんな私を見て、悠登も黙る。
私達はまた噴水を見る。縁石の感触が妙に手に残った。よくわからない材質でできたそれは、白くてつるつるしていた。
「僕も…」口を開いたのは私のほうだった。
「僕もなんだ。父さんの跡を継いで、調律師になる」
私はそう、口にしていた。
嘘だった。
少なくともこの時点で、私にそのつもりはなかったし、父にそれを強制されたこともなかった。ただ、この場で、彼に寄り添う為だけに、私は嘘をついたのだ。
私は、自分の浅はかさを恥じた。しかし、この嘘によって、あきらかに私と悠登との距離は近づいたのだった。
彼は、自分が抱えてきた悩み、将来への不安を、私にだけ打ち明けてくれた。私は、それに答えながら、自らの苦悩をやはり捏造して彼に語った。彼の力になれることは、とても嬉しかったが、それとともに、彼に対する罪悪感もふくらんでいった。
しかしこのときにはすでに私は覚悟していたと思う。この先、何年、何十年と、この嘘をつき続けていくのだと。
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