解決編

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解決編

「さて、君はさっきの話で一つ誤魔化したことがあるね?」 「ふぅん。どうだったかな?」  私はわざとらしく肩をすくめる。 「君はコアラがユーカリを食べられるのは母から子へと腸内微生物を受け継ぐからだと言った。これ自体は嘘ではないと信じよう」 「もちろんだ。私は嘘はつかないよ」 「そうだ。君は嘘つきではない。だが上手く誤魔化したね。君の説明は嘘ではないが不足している。あの説明では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」  私は何も言わずにジェスチャーだけでジャマルに続きを促した。ジャマルは続ける。 「君のお母さんと君は同じ腸内微生物を持っているから同じユーカリを食べられるんだろう。だがそれはコアラ全体が同じユーカリを食べられるということを意味していない」 「何が言いたいんだい? 私には君が同じ言葉を繰り返しているだけに聞こえるがね」 「とぼけないで頂きたい。つまり私が言いたいのは一口にユーカリの葉と言っても『色々なユーカリの葉があるのだろう』と言っているのだ」  驚いた。私はただ意図的に言わなかっただけだ。情報をあえて伏せただけ。たったそれだけのことで、そこまで分かるのか。 「コアラの母と子は同じユーカリの葉を食べられる。母子は同じ微生物を腸内に飼っているからね。だが、違う母を持つコアラも同じユーカリの葉を食べられるとは限らない。葉の消化を助ける微生物が異なるからだ。そうだろ?」  思わず拍手したい気分だった。ジャマルの推理はほぼ正解だった。 「そのとおり。素晴らしい推理だよジャマル。ユーカリの葉は数百種類あって我々コアラ族はその中から自分たちの消化できる葉を選んで食べている。どの種類のユーカリが消化できるかは母から代々受け継いできた微生物によるから、それぞれの家系で食べられるユーカリの種類は異なるのさ」  私がジャマルの名推理を讃えて補足説明をしてやる。自分の隠していたことが暴かれるというのは存外楽しいものだ。これが他種族とのコミュニケーションか。私は楽しさにまかせて続けてしゃべる。 「だが普段食べていないユーカリの葉を食べたところで、全く消化できないってわけじゃあないし、消化不良を起こして少しお腹が痛くなるくらいだよ。毒を盛ったというほどのことでもないし……。私の狙いはジャックのお腹を痛めることじゃあない。それは理解しているね?」 「もちろんだよエラ。君は毒を盛ってもいないし、ジャックのお腹を壊すことが目的だったわけじゃない。君の本当の狙いは……」  ジャマルはそこで黙る。ごくりと喉を鳴らして神妙な顔つきでこちらを見る。たっぷり間をとって続きを話し始めた。 「自分と違う母を持つコアラのオスを探すことだったんだろ?」 「もっとシンプルに」 「あ、ええと。自分の兄弟ではないオスを探していたんだろ?」 「正解」  まさしくジャマルの言う通りだ。私は兄弟ではないコアラのオスを探すために、あのパーティーに参加したのだった。 「君はあのパーティーに他種族と交流を深めるために参加していたわけじゃない。それは君もパーティーの最中に口を滑らしていたしね」  私がうっかり口を滑らしていたこともジャマルは気付いていたのか。上手く誤魔化せたと思っていたのに。 「私はそこで君のことを不思議に思ったのさ。他種族との交流に興味がないなら、なぜ君はパーティーに参加したのだろうと。そうしたらパーティーの翌日に参加者が腹痛で入院したというじゃないか。しかも入院したのは君からユーカリの葉を分けてもらっていたジャックだ。その知らせを受けて、私は君がジャックに毒を盛るためにパーティーに参加したのではないかと疑ったのだ」 「ジャマル、随分と物騒な想像をするんだね君は」 「すまない。犯罪ドラマの見すぎである」  ジャマルがまた大きな体を縮めて照れている。君がいくら体を縮めようと、さほど変化はないというのに。 「ジャックが腹を壊したのは君の狙いの副作用といったところか。君は君のユーカリの葉を食べて腹を壊すオスのコアラを探すために、パーティーに参加した。君が食べているのと同じ葉を食べて腹を壊すのであれば、少なくとも同じ母親から腸内の微生物を譲り受けていないわけだからな」 「そうだね。それはほとんど同じ母から産まれていないことを意味する。母親以外から腸内微生物を受け継ぐことはないから」 「なぜ兄弟ではないオスを探していたのか。それは君が実はメスだからだ」  ジャマルが鼻を鳴らして得意げに言った。当然のことを得意げに言われたので私は呆れてしまった。 「そんなことは見れば分かるだろう。私はご覧の通りメスだ」 「え? ……すまない。いや正直他種族のオスメスは分かりづらいのだ。こうライオンのようにオスは立派なタテガミがあるとかじゃないだろ」 「よく見給えよ。私のお腹にはポケット……というか袋がついているだろう。お腹に袋があるのはメスだけだ」 「ほう。これもまた文化の違いであるか。ライオンのメスには袋はないのである」  メスに袋があるのは私の故郷ではメジャーだが、ライオンのメスには袋がないらしい。それは知らなかった。 「ともかく君はメスのコアラで、自分のユーカリを食べさせることで兄弟ではないオスを見つけようとした。それは恐らく結婚相手を探すためだ。血縁同士で子供を成すのは忌避感があるからね」 「そうだ。我々コアラも近親相姦は避ける。しかしこの狭い街に住んでいるコアラには兄弟が多い。コアラは一度に一頭しか子供を産まない言ったが、代わりにほぼ毎年子供を生むんだ。そう考えると兄弟は10~15人はいることになる。自分が親離れした後の弟なんて分かるはずもないし」 「で、無事にジャックは腹を壊した。だから君は見舞いがてらジャックを口説きに病院まで来たってわけだ」 「まさか入院までするとは思ってなかったけどね。ジャックも大げさな奴だ」 「大事を取って検査入院しているだけだと聞いたよ」  ジャマルはそう言うとずっと手をつけていなかった水を飲んだ。 「しかしエラ、君はさも自分が犯人じゃないような口ぶりだったが、蓋を開けてみれば立派に犯人だったじゃないか」 「私にかけられた疑いはあくまでも『毒を盛ったかどうか』だ。私は毒を盛った犯人じゃあない。嘘はついてない」 「だがジャックの腹を壊した犯人ではあるわけだろ」 「そっちを直接疑われたわけじゃあないからな」 「屁理屈だ……」  ジャマルは頬を膨らませてそっぽを向いた。やはり巨体には似合わず仕草がいちいち愛らしい。私には猫の知り合いがいるのだが、アレに似ている。よく見れば見た目も大きな猫に見えなくもないな。ライオンとは大きな猫なのかもしれない。 「ところで、最後に一つだけ聞いてもいいかな」 「なんだい? もう何でも聞いてくれ。今更君に隠し事はしないよ」  その言葉にも嘘はない。私はジャマルに聞かれれば素直に何でも話すつもりだ。 「コアラは母から子に腸内の微生物を受け継ぐって曖昧に説明してたろ。それって具体的にどうやって受け継ぐんだい?」 「あー……。ジャマル。それは別に隠したかったわけじゃあない。何というか私の親切心で曖昧にぼかしていただけだ。聞かないほうが良い」 「教えてくれよ。隠し事しないと言ったばかりだろ」  ジャマルが引き下がらないので、私は真実を話すことにした。私が話したかったわけじゃない。ジャマルが聞いたんだ。 「赤ちゃんの時に母親のうんこを食べるんだよ。それで母から子へと腸内微生物が受け継がれる」 「おう……」  ジャマルは頭を抱えてしまった。だから聞かないほうが良いって言ったんだ。 「これも文化の違いというヤツか……」  ジャマルが小さくつぶやいた。
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