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出題編
年に一度、この街では盛大な立食パーティーが開かれる。この街に住む多くの種族が垣根なく集まり食事をしながら歓談するというものだ。種族間のコミュニケーションを活発化させるための懇親会だ。
この街では種族間の軋轢から生じる厄介な事件も多い。多種族が仲良く暮らしていくためには必要な行事なのだろう。
とはいえ私自身はあまり他の種族と交流を持つことに興味がなく、今までパーティーには出席していなかったが、今年は出席することにした。
開始時刻に少し遅れて会場に着いた私は既に出来上がっていた歓談の輪に入れずに、パーティー会場の隅で孤独に佇んでいた。いわゆる壁の花という奴だ。
「やぁはじめましてかな。パーティーは楽しめているかい?」
私に話しかけてきたのは私より何倍も大きい男だった。頭にも顎の下にも逞しく長い毛を生やしている。私の地元にはいなかった種族だが、肉が好きそうな顔をしている。ちなみに私は菜食主義である。どうにも話が合いそうもないが、せっかくの好意を無下にはできない。私は精一杯の愛想笑いで挨拶を返す。
「はじめましてミスター。実はさっき来たばかりでね。パーティーに出るのもはじめてだし、君が話しかけてくれて助かったよ。私はエラだ」
「よろしくエラ。私のことはジャマルと呼んでくれ」
ジャマルはその体に見合った大きな手を差し出してきたので私も握手を返す。
「ありがとうエラ。実を言うと君と話せて私も助かったのだ。私はご覧の通り体も大きいし強面だろう。皆怖がって私と話してくれんのだ」
「私から見ればジャマルさんはとても紳士的に見えるがね。それにこのパーティーは他種族と仲良くなるためのものだろう。私は心から君を歓迎するよ」
私がそう言うとジャマルは照れくさそうに頭を掻いた。見た目によらず可愛らしい仕草だ。どうやらジャマルと私は仲良くなれそうだった。こちらとしてはあまり興味のないことだが。
しばらくジャマルと喋っているとジャマルの腹が「きゅう」と鳴った。いちいち可愛らしい男だ。
「よし食事をとってこよう。エラは何か好きな物はあるかね?」
「有り難い申し出だが私の分の食事は必要ないよ。持ってきているからね」
私はお腹のポケットから葉を取り出してジャマルに見せた。
「私は菜食主義の偏食主義でね。コイツしか食べないのさ。だから遠慮せずに食事を取ってくると良い。なぁに、私は逃げたりはしない。大人しくここで待っているよ」
「ふふふ、せっかくの食べ放題の立食パーティーだというのに、持ち込みの食事とはね。君が変わっているね」
「そうでもない。私の種族は皆そうさ」
「ふぅん、そうなのか。興味深いね。では私は食事を取ってくるよ」
ジャマルが食事を取りに行った。私はその間、暇なので取り出した葉をもくもくと食べる。すると一人の男が話しかけてきた。
「あの、こんにちは」
「やぁどうも」
もじもじと恥ずかしそうに私に話しかけてきたのは同族の男だった。さきほどから視線は感じていた。このタイミングで話しかけてきたのはジャマルがいなくなったからだろう。この同族の若い男はジャマルが怖くて私に話しかけることができずにいたのだ。
「実は僕、食事を持ってきていなくて。なんでも食べ放題の立食パーティーだって聞いてたから。でも僕が食べられる物はここにはないみたいなんだ」
「そうだろうね、私たちは偏食だから」
「それで悪いんだけど、君さえよければ食事を分けてくれないかと思って」
彼はよほどお腹が空いているらしい。全く見ず知らずの他人に食事をせびるとは。まぁ構わない。私としてもそれが目的だったのだから。
「そうだな半分ほど分けてあげよう。これで十分かな」
「ありがとう。ええと、ごめん。君の名前も聞いてなかったね。僕はジャックって言うんだ」
「エラだ。よろしくジャック」
彼は葉を受け取ると何度も礼を言って離れていった。これでいい。このパーティーは他種族との交流が目的のパーティーだから私といつまでも話している必要はない。条件があえばまた会うことになるだろうし。
「彼は知り合いかい?」
いつの間にかジャマルが戻ってきていた。右手に大量の肉が積まれた皿を持っている。やはりこの男は肉が好きなんだな。
「いいや今日始めて会った人だよ。私の同族はあまりこの街には住んでいなくてね。同族の顔見知りは少ないんだ」
「そうなのかい? 君が食事を分けていたから仲が良いのかと」
「? それはどういう価値観だい?」
ジャマルの言っている意味が分からず、素で聞いてしまった。ジャマルは私の質問の意味が分からなかったのか、首をかしげてこっちを見ていたが、突然閃いたような顔で話しだした。
「あぁ! これは文化の違いってやつだね。私たちの種族は狩りを主体としてきたんだが、狩りでは獲物がいつ取れるとも分からない。だから食事は特に貴重で、基本的にハーレム間でしか分けないのさ。あまり知らない同族に食事を分けることは全く無いんだ」
ハーレムとは確か家族と同じような意味だったはずだ。私たちの種族とは違って一夫多妻の家族をハーレムと呼ぶのではなかったかな。
「なるほど。ジャマルの種族では食事を分けることに親愛の意味があるのか。面白いね。私たちの種族の食料は故郷ではそこら中に生えているから、食事を分けることには特に意味もないよ。自分の分が余っていれば分けても構わないくらいの感覚さ」
「そういうことか。納得できたよ」
ジャマルが大きな口から優しくため息をついた。私に親しい友人がいなくてほっとしたのだろうか。
「ということはジャマル。君はさっき私に食事を取ってきてくれようとしたね。それは君なりに親愛を示そうとしたということか」
「ははは、改めて言われると照れるね。そうだよ。初めて見る顔だったから仲良くなりたいと思って」
「面白いね。他種族との交流にはあまり興味がなかったが、こうして文化の違いを実際に体験するのは悪くない」
「そう、それがこのパーティーの目的だね」
ジャマルが嬉しそうに顔をしかめて笑っている。危ない危ない。思わず口が滑ったが、ジャマルは特に気にしていないようだ。
それからしばらくジャマルと話していたが、ジャマルが別の知り合いに話しかけられて熱心に話し込んだので、それを機に私はそっとパーティー会場を離れた。
私はとりあえずの目的を達成した。あまり長居する必要はない。
数日後、同族コミュニティを通してジャックが食あたりで入院したと聞いた。どうやらジャックは上手く条件にあったようだ。
私はジャックのお見舞いに行くことにした。
ジャックの病室の前まで行くと、そこにはジャマルがいた。
「やぁエラ。パーティー以来だね。ジャックのお見舞いに来たのかい?」
「あぁそうだよ。君もかい? ジャマル。ジャックと仲が良かったんだね」
「いや彼のことはあまり知らない。私がここにいるのはね、エラ。君がここに来るかもしれないと思ったからだ」
「ふぅん? 私に何か話でもあるのかい」
私がそう尋ねるとジャマルは神妙な顔つきで静かにつぶやいた。
「場所を移して話をしよう。ジャックへの見舞いはその後にしてもらいたい」
別に私も急いではいないので了承した。
私とジャマルは病院近くの喫茶店に入り、そこで話すことにした。
「さて、私に話したいことってなんだい? それとも私に聞きたいことでもあるのかな」
私がいたずらっぽく笑って話すとジャマルは眉間にシワを寄せて低く唸った。
「ううむ。あまり愉快な話ではないのだが……。しかし私は百獣の王として、どうしても君に確かめておかないといけないことがある」
「百獣の王? 随分と偉いんだなライオンってのは」
「まぁね。一応、我々ライオン族はこの街の管理職だから」
パーティーの後に調べたがジャマルはライオンという種族で、やはり私が思った通り肉食獣だった。私の故郷にはライオンほど大きい肉食獣はいないが、まぁ顔つきを見れば分かる。
「それで? 確かめたいってことってのはなんだいジャマル」
「実のところ何も分かっていないんだ。ただ何となく君に嫌疑をかけているような状況でね。気を悪くしないでもらいたい」
「はっ。どうやら私は根拠もなく何かを疑われているようだな」
「すまない。気を悪くしないでというのは私の身勝手だったな」
ジャマルは立派なタテガミをシュンとさせてしょげる。肉食獣の癖に相変わらずどこか可愛い男だ。
「まぁいいさ。私に恥ずべきところは何もない。なんでも聞いてくれ」
「ありがとうエラ。それでは一つずつ確認していこう」
ジャマルが居住まいを正して真面目な顔になる。さて何を追求されるのだろうか。
「エラ、君とジャックはコアラという種族だね」
「そうだ。元々南の大陸に生息していた種族さ。この街にはあまりいない種族だが、それでも数百頭はいるはずだから珍しいとも言えないな」
「うむ。分かってはいたが念の為に確認したのだよ。では、次の質問だ。君とジャックは元々知り合いなのかい?」
「おや? その質問はパーティー会場でも応えた記憶があるな。私とジャックはパーティー会場で初めて会った。嘘じゃない。本当さ。誓うよ」
私がそう言うとジャマルはまたもや眉間にシワを寄せて低く唸った。どうにも腑に落ちないといった顔だ。
「そうすると君の動機が分からないな……。実を言うとね、君がジャックに毒を盛ったんじゃないかと疑っているのだ」
「なんだって?」
「その……。君がパーティー会場で食べていたユーカリの葉というのは毒性が強いって話を聞いたもんだから。ジャックはあのパーティー会場では君からもらったユーカリの葉しか口にしていないことが調査で分かっている」
「そして今、ジャックは食あたりで入院中だ。――ジャマル、君は私がジャックのことを憎んでいて、ジャックに毒のあるユーカリを食べさせたのではないかと疑っているんだね」
「実はそうなんだ」
私は「はぁー」と声に出して大げさにため息をついた。呆れた。なんで私がジャックに毒を盛らなきゃいけないんだ。それは私の目的ではない。
「いいかいジャマル。ユーカリはたしかに毒性が強いがコアラは食べられるんだよ。特別すごい消化器をしているってわけじゃあなくてね。我々の種族は母親から腸内微生物を赤ちゃんの時に譲り受けるんだ。その微生物の力を借りて、お腹の中でユーカリの葉を発酵させて栄養にするのさ」
「なるほどそれもまた文化の違いというやつか」
「そうやって母から子へと腸内微生物を受け継いで母と同じ物が食べられるようになるわけさ。我々コアラはそうして伝統的に偏食を続けているわけだ」
私が語り終えるとジャマルは黙ってテーブルを眺めはじめた。何かを考えている様子だ。
「これでコアラがユーカリを食べられるって分かったろ? それに何度も言うが、私とジャックはパーティーで初めて会った。特に恨みもないから毒を盛るような真似はしない。君の私への疑いは言いがかりに過ぎないよ」
「ふむ……」
「更に付け加えるなら、私がジャックに渡したユーカリの葉に毒を塗ったりはしていないよ。私も同じ物を食べているし、適当に半分に分けたんだ。まさか、君は私が一流マジシャンのようなテクニックを使って、毒の塗ってあるユーカリだけをジャックに渡したとでも言わないだろうね」
「あー……」
ペラペラと畳み掛けるがジャマルの反応は悪い。どうやら分が悪いことを分かってきたようだな。何しろ私はその件については潔白なのだから当然だ。
「いやすまない。どうやら君がジャックに毒を盛ったというのは私の間違いだったようだ」
そう言ってジャマルがあっさりと認めた。ジャマルが自分の非を認めることができる賢い男で良かった。
「エラ。やはり君に会ってちゃんと話を聞いて良かった。これで私にも君の本当の狙いが分かった」
ジャマルの鋭い眼光が私を貫いた。先程まで俯いて、テーブルを眺めていた男と同一人物とは思えない。
「面白い。本当に君が答えにたどり着いたかどうか。私がジャッジしてあげよう」
思わず笑みがこぼれてしまう。私としても私の真の計画について、別に隠し通すつもりもなかった。わざわざ他人に話すことでもないので、黙っていただけだ。
「それでは解決編といこう」
ジャマルが軽く微笑んで、低い声でつぶやいた。
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