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白衣のゾンビ、もとい、人物が手をこちらに差し出す。腕捲りした袖から見える手首はいやに細く、指先は黄色や茶色に変色している。
(やっぱホラー!?)
思わず「ひぃーーー!」と叫びそうになったところで、
「ほら鍵。預かっから」
と相手が言った。
光線の加減で汚れた眼鏡の向こうにキラリと瞳が光る。
切れ長の眼。意外と長い睫毛。
え…もしかして…
「お…女の人!ですかっ!?」
「いかにもそうだが…なんだ?女が少年サンデーを読んじゃまずいか?」
彼女のもう一方の手にはサンデーがしっかと握られている。
「いや!そんなことないっす!」
俺はそう応えて、彼女の掌に部室の鍵を乗せた。
「ん。預かっとく」
彼女が言ったところで、
ガシャン!
勢い良くサー連室の扉が空き、
「美月!いるか?いるんだろ?」
聞き覚えのある滑舌の良い声が響く。
「ここだ」
彼女─美月さんが応えると、山田先輩が顔を出す。
「なんだお前ら来てたのか」
長身の山田先輩が俺達を見下ろして言うと、美月さんが
「山田、お前の弟子はずいぶん失礼だな」
と抗議した。
「お前ら何言ったんだ?」
山田先輩が苦笑いする。
「いえ…」
「あぁ、美月。お前まだ残んの?」
「ふん。連盟室を空けるわけにはいかんのでな。それに代わりが来たら研究室に戻るつもりだ。実験の続きがある」
「そうか、じゃ先帰るけど?」
「ん」
美月さんは足下の健康サンダルを突っ掛けてロッカーに向かい、落研の部室の鍵をしまう。
「ほら、帰んぞ」
「あ…はい」
「失礼します」
山田先輩に促され、俺達はサー連室を後にした。
「先輩、あの人誰なんすか?」
部屋を出て大学の門に向かいながら俺は山田先輩に訊ねた。
「ん?美月のことか?」
「はい」
「変わりもんだろー?
笹原美月、応用生物学科4年。サークル連盟事務局長」
「笹原、美月、さん…」
美月さんの名を反復する。
「おい、大澤。まさかお前あぁいうの好み?」
山田先輩の言葉に俺はびくっとして顔をあげる。
「まっ!まさか!滅相もない!」
両手を顔の前でぶんぶんと振る。
「ぷっ!そこまで完全否定する?」
山田先輩が吹き出す。
「変わりもんだけど悪いヤツじゃねぇよ。仲良くしてやって?」
「はい」
どうやら山田先輩は美月さんと親しいらしい。
それから俺は自転車で10分の独り暮らし先のアパートに帰った。
手抜きで白飯と納豆だけの晩飯を3杯食い、風呂をシャワーで済ませ、レポートの為の参考文献を少し読んでベッドに入る。
スマホでネットサーフィンしつつ、ふと暗い天井を見上げ今日あったことをひとつふたつと思い出す。
そのうちのひとつ。
「笹原、美月…」
サー連の風変わりな先輩。
キラリと光る切れ長の眼と長い睫毛。
「変な人…」
それから俺は眠りについた。
* * *
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