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風に飛ばされないように、麦わら帽子を抑えながら丘を下る彼女。
僕がまだ幼稚園の頃にうちへ来た時、居間に飾っていた姉の帽子をえらく気に入ったらしく、家にいる間中ずっと被ってはしゃいでいたのを覚えている。半ば呆れながら麦わら帽子をプレゼントした姉を尻目に、彼女が走り回って喜んでいたのが懐かしい。サイズは少し大きめだったが、高学年になるとすっかりちょうどよくなっていたように思う。それから毎年夏になるとそれを被っていたので、僕にとって彼女のイメージは、赤いリボンの麦わら帽子だ。こうして目の当たりにするのは久しぶりだけど。
無言で砂浜を少し僕よりも先に歩きながら、時々海の方に目をやる彼女。特に、要件らしい要件は無いようだった。濡れた砂が靴に入らないか気にしながら後についていくと、彼女は砂を蹴りながら例の入江の方を指差して言った。
「青いヨットは、ロビンソンの船」さざ波が寄せては返していたけど、かろうじてその声は聞き取ることができた。「赤い屋根のおうちは、トムソーヤの家」
続けて、今にも崩れ落ちそうな見張り小屋を指差して言う。
「おやじさんが、名前をつけたんだっけ」
足を止めた彼女にならって立ち止まると、僕は聞いた。
七年前、ちょうど今頃、大シケだったあの日。彼女が泣いているのを見たのは、それが初めてだった。昔の彼女がそうしてくれたように、ハンカチで顔を拭うことを、その時の僕にはできなかった。
「よく遊んでもらったよなぁ。このあたりで、バーベキューしたのも覚えてる。漁にも連れてってもらったけど、船酔いして散々だったな」
「パパが私以外に漁へ連れてったの、あなただけよ」
それを聞いて、なんだかとても寂しい気持ちになる。そう思ったとたん、彼女は突然立ち止まった。
「…………」
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