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 高校時代、私は演劇部に所属していた。演劇に興味はなかった。ただ、社交的でない自分が、舞台に立つことで少しでも改善されるんじゃないかと思ったのだ。結果は芳しく無かったが。  あの子――美咲(みさき)と出会ったのは私が高校二年生になった春。演劇部が部室として使っていた教室前だった。  私が部室に着くと、教室に入ろうか入るまいか思案しながら中の様子を窺っている女の子がいた。  見かけない子だな。と思った私は「もしかして、新入生?」と声を掛けた。 「は、はいっ」  身体全体を跳ねさせ、悪事がバレた子供のように驚き彼女は振り向いた。おどおどと怯えたように上目遣いで私の目を見ては逸らし、また目を見ては逸らすを繰り返す。ある程度の時間そこにいたのだろう、クシャクシャになった入部届が手の中にあった。  彼女の態度を見て、私は自分の態度で怯えさせてしまったかもしれないと焦ってしまい、次の言葉が出なくなってしまった。  台本に「ようこそ演劇部へ」と笑顔で言うように書かれていたなら私はその通りに言えただろう。けれど、役を与えられていない私にそのような気の利いた行動はできない。  彼女も何も言わず、気まずい沈黙が流れる。部室の中からは賑やかな談笑する声が聞こえた。聞き慣れない声も混じっている。恐らく、他の新入生だろう。 「あ、の」  振り絞った、消え入るような声を発し、彼女は入部届を私に差し出した。なんと返事をすれば歓迎の意を伝えられるのか分からず、私は無言でそれを受け取った。 「……美咲です」  小さな声だったので、彼女の名前を言ったのだと理解するのに数秒かかった。 「美咲。可愛らしくていい名前。あなたに似合ってる」出来る限りの友好的な態度で私は言った。少しでも彼女に敵意がないことを示そうとした。  聞いた彼女は「あ、ありがとうございますっ」思い切りお辞儀をし、花が咲いたように嬉しそうに笑った。予想以上の彼女の喜びように私は安堵したと共に、可愛らしい子だな。と思った。  演劇部に入部した彼女は、初めこそ人見知り気味に口数少なく、周りに溶け込めていないように見えた。実際、他の新入部員よりは馴染むのに時間がかかっていた。けれど、慣れた頃には、人懐こく従順な女の子として部活の一員として私以上に部活に受け入れられていた。元々、彼女は他人に好かれる性格の子なのだろう。  何故か彼女は、私にだけは初めからよく懐いて話した。私が部活で何をしていてもついて回り、事ある毎に私を頼りにした。初めに話しかけたのが刷り込みのような作用をしたのだろうか。  他の部員からも仲の良い先輩と後輩に見えていたのだろう。脚本担当の部員は何度か茶化して私と彼女を姉妹役に配役していた。その度に私はあまり似ていないのになあ。と思っていた。
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