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下校中、私達は何気ない、明日もまた同じように部活で会うんじゃないかというような会話をしていた。彼女はそうあろうとしていたのかもしれない。私は変に感傷的になられて、気を使わされるよりは心地よかった。
車通りの少ない団地横の道路。日は傾き、いくつかの窓からは白い明かりが漏れている。風で舞う白く、小さな桜の花びら。掃除するのが大変そうだ。もう暗くなりつつあるというのに小さな子供たちの遊ぶ元気な声が聞こえる。
「悪くない雰囲気」そう呟いてから、卒業式で感極まった女子に私もあてられたのかもしれない。と小さく笑った。
「あの……先輩」
「ん?」
彼女が立ち止まり、私に向き直った。彼女の目元は前髪で陰ってよく見えない。
団地端の交差点。いつもここで私と彼女は別れていた。少し話し足りないような気分もあったけれど、彼女の連絡先は知っていたので、帰ってからスマートフォンで連絡すれば良いやと軽く考えていた。
「……先輩」
やけに話しづらそうに、絞り出すように声を出す。緊張で声が震えているようにも聞こえる。
「どうしたの……美咲?」
「ごめんなさい。先輩」
言い終わるのが早いか、彼女は一足に私との距離を詰め、
私の唇にキスをした。
一瞬、唇を重ねただけなのに、私の頭にはパチンと何かが弾けたような閃光が走った。
彼女と目が合った。そう思った時には唇は離れて、彼女は私の手の届く範囲には居なかった。
「えへへ……先輩の初めて。奪っちゃった」
言う彼女は公園で遊ぶ子供のように無邪気に、白い歯を見せて笑っていた。綺麗だった。
放心していた私は問い質すことも、文句を言うことも出来ずに、黙って彼女を見送るしか出来ないでいた。
いつの間にか私の手には何かが握られており、掌を開いて確認する。
真赤な薔薇の髪飾りだった。卒業プレゼントなのだろうか。頭にそっとあててみる。私には似合わないだろう。
彼女なりの愛の告白なのかもしれない。彼女の後ろ姿を探したけれど、すでに彼女の姿は見えなくなっていた。
それが、彼女の姿を見た最後の日。
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