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1.
「いらっしゃいませー」
私が店に踏み入れると、女性の元気な声が奥から聞こえた。
小さな店内に色とりどりの花々。人ひとりが通る程度の通路しか動けるスペースは無さそうだ。
いくつもの花々がフェロモンを撒き散らすような匂いが鼻をつく。花屋に馴染みのない私にはあまり好ましい匂いじゃない。
店の奥から女性が顔を見せる。初めは店員らしい柔らかい表情だったが、入店したのが私だと気がつくと表情を崩し「なんだあんたか。冷やかし?」と悪態をついた。
「私だって女なんだから、花だって嗜むよ。悪い?」
見慣れないエプロン姿の、同じ大学に通う見慣れた友人に軽口を返す。
「嘘ばっかり。花に興味が無いって顔してる。花屋ならそれくらい見分けられるの」
そう言われ、私はガラスの反射で自分の顔を確認した。目つきの悪い不機嫌そうな女。確かに花の似合いそうな女の顔じゃあない。花の好きな人はもっと柔らかい表情をしているだろう。……あの子のように。
ガラスを睨みつける私を見て、友人は「嘘、冗談。あんたはすぐ真に受けるから、からかい甲斐があるわ」と笑った。
「で、その花に興味のないあんたが、花屋になんの用よ?」
「花屋なんだから、花を買いに来たに決まってるでしょ」
私がそう言うと友人は「そりゃそうだ」と納得した。
「どんな花をご所望でしょう」仕切り直して、店員然とした畏まった口調で友人は言う。
「人に贈るの。綺麗なのが良い」
私の注文を聞くと、友人は堪えきれずに噴き出して笑った。
「あんた、ケンカ売ってる? 花は綺麗なの。それに、汚い物を他人にプレゼントするはずがないでしょう。二十歳にもなって、子供じゃないんだからもっと具体的に」
そう言われて、私は困ってしまう。他人に花を贈るなんて初めてなので、どういった花を選ぶのが相応しいのか検討もつかない。
今日、あの子に花を贈ろうと思ったのだって、ただの気まぐれ。思いつきだ。花の好きだった彼女の門出の手向けには、花を贈るのが相応しいだろうと考えたのだ。私らしくは無いが。
「私は詳しくないからさ、適当に選んでくれない?」
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