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それからしばらくして、宣言通りにピザを抱えて富樫が帰ってきた。しかし、ニンニクやスパイスの香りは、つわりのひどい梅乃にはヘビーだったようだ。気分が悪くなり梅乃は自室に戻ったが、そのあと出てくることはなかった。
「つわりって大変ですね」
梅乃の部屋から戻ってきた花江の顔を友里は覗き込んだ。花江は梅乃のために冷や汁とおにぎりをこさえ、持っていったのだ。「お茶でも淹れるわね」そう言うと、花江はキャスターの付いたお茶台を引き寄せた。
ピザの匂いは、通常であれば食欲をそそる香りのはずなのに、梅乃にとっては自身を苦しめる香りでしかない。経験のない友里は、梅乃のつらさを想像することしかできない。なんだかとても申し訳ない気持ちになった。
「おにぎり食べてたし、大丈夫よ」
花江は表情を崩すことなく、電気ポットのお湯を急須に注ぐと、花江は友里と青木と桜の湯飲みに注いだ。
本当はとても心配なはずだ。その証拠に、オロオロする富樫と入れ違いに、花江も梅乃の様子を何度も見に行っていた。
友里は居間の壁に掛かる時計に目をやった。
梅乃のことは心配だけれど、もう大丈夫だと思った。胸に広がるその思いは、置いてけぼりをくったような寂しい気持ちとも、休憩所で富樫に抱いた妬みに近いよな感情とも違った。
冬の朝のような、澄んだ清々しい気持ちだった。
「そろそろ俺らは失礼します」
青木は、湯飲みに口を付けると立ち上がった。
もし、この人に拒絶されても、生きてていける。そんな気すらした。あのモヤモヤした気持ちがなくなったわけではない。
「じゃあ桜ちゃん、またね」
青木に続いて友里も立ち上がると桜に声をかけた。照れ笑いのような表情で桜が微笑んだ。
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