アジの開きと自家製塩辛の後で

30/35
2314人が本棚に入れています
本棚に追加
/189ページ
 ハワイとはほど遠い景色に、青木がガッカリしているのではないかと思ったが、そんなことはなかった。潮風を受け、気持ちよさそうに目を細めている。  ドラマや雑誌なんかでたまに見かける、犬と散歩をしているシーンの中のゴールデンレトリバーの顔が思い浮かんで、思わず吹き出した。怪訝な顔を向ける青木に微笑むと、足元の石を除けてバッグから出したトマト缶を置いた。 「それ、昨日の夕飯の」 「うん、昨日のトマトパスタで使ったやつだよ。洗って持ってきたの」  缶の周りを石で囲み、倒れないか確認した。大小の石を組み合わたから、思ったよりも頑丈に置くことができた。「よし」と小声で言うと、友里は立ち上がり青木を真っ直ぐに見つめた。 「宏樹のことを話そうと思う」  青木の目が大きく開いた。青木に構わずに、今度はバッグを大きく広げて、大きな本を出すと目の前に差し出した。  無言で青木は受け取ると、本を開いた。  カモメの声が遠くから聞こえ、磯遊びをする子供の笑い声が風に乗って転がるように響いた。青木は黙って、友里が渡した宏樹の写真集のページをめくっていた。 「早川宏樹……。知ってるよ。数年前に飛行機事故で亡くなった写真家だ」 「青木くんが知ってるとは思わなかった」 「まだ二十代の頃、スリランカで仕事をしていたときに、会ったことがあるんだ。同僚の知り合いで、飯を食った。だから、ニュースを見たときにはすげー驚いて……」  友里は心底驚いたが、込み上げる思いはいやなものではなかった。  二人は、ずっと以前に会っていた。言葉を交わしていた。胸が一杯で溢れ出しそうな思いを抑えるのがやっとだった。  嬉しかった。運命だと思った。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!