アジの開きと自家製塩辛の後で

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 唇を強く噛みしめ俯く頭の上から、安堵したような気の抜けたため息が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、頬を緩ませにやける青木の顔があった。 「それってさ、オッケーでいいんだよね?」  目尻にしわを寄せ大きな口を開けて嬉しそうに笑った。 「俺で心がいっぱいとかって、すげー嬉しい」  青木の腕が伸びて友里を抱きしめた。 「そうやって、何事にも正面から向き合う真面目な友里が大好きだよ。友里、俺を選んでくれてありがとう」  青木の体が震えているように感じた。  プロポーズをするのに、緊張しない人なんていないだろう。青木はそれ相応の覚悟を持って、プロポーズをしてくれたはずだ。  ――また、私は自分のことしか考えていなかった。  情けなくて、できることならこの場から消えてしまいたかった。  そもそも、結婚する資格なんていうものはない。誰でも、法律で定められた年齢に達すれば結婚できる。  資格じゃない、大切なものは相手を思う気持ちだ。 「私、幸せにする」  友里は洟をすすると、顔を上げた。 「青木くんを幸せにする。もちろん、私も幸せになるの。だから、私と結婚してください」  青木の顔が一瞬歪んだ。何度も頷くと、泣き顔を隠すように友里の肩に顔を埋めた。 「やばい。一生分の運を使い果たしたかも」  耳元に青木の涙声が届いた。  宏樹を思い、友里は一度目を閉じた。  ――ありがとう、宏樹。  友里は瞼を開けると、青木の背中に腕を回した。 「何言ってるの。私たちの人生はこれからだよ。二人で、たくさんの幸せを作ろうね」  空を飛ぶカモメが、祝福の声を上げた。まだ少し寒い海風が、二人を過ぎていった。  もうすぐ春が終わる。梅雨が訪れ、暑い夏がやってくる。  来年も再来年も、これからずっと仲良く過ごせたらいい。  友里は目を閉じて、優しい波音に耳を澄ませた。
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