焼き鳥屋にて

7/18
2304人が本棚に入れています
本棚に追加
/189ページ
「いないわよ」 「じゃあ、俺とどう? 友里ちゃんは、俺が友里ちゃんを好きになるよう努力する。俺は友里ちゃんを好きになり、自然にうめのことは諦めるわけだ」  とんでもない提案に、友里はビールでむせ込んだ。最悪だ、のどの奥気管支のあたりが痛い。青木に水の入ったコップを渡されて、友里は一気に飲み干した。 「大丈夫か?」 「それ、誰得?」 「うーん……俺得だな。美人とつき合えるのは悪くないでしょ」 「ひどい提案ね。私があと十年若かったら、即却下よ」 「あと十年って」  青木は楽しそう目を細めた。  なぜ梅乃は青木に恋をしないのか、友里は不思議に思った。決して顔は悪くない。飾りたてることなく裏表のない実直な人間に見える。 「梅乃が好きなんでしょう? そんなこと言っていいの?」 「あのさ、俺今年三十八だよ。今まで純粋に片思いをして過ごしてきたと思う?」  確かに、三十八で童貞はない。それでは、俗に言う魔法使いだ。 「友里ちゃん次第で、梅乃と富樫には平穏な毎日が訪れるということだ」  宏樹が行方不明になって、二年が経つ。家族はとっくに死亡届を出しているだろう。いつまでも引きずっているのは、友里だけだ。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!