春の幽霊

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春の幽霊

 とある森の中のできごとです。  目覚めてみると、ゴーストくんはひとりぼっち。  そこは、暗くて暗い土の中。  あんまり真っ暗だったので、ゴーストくんはさびしくて、棺のフタを押しました。  するとあら不思議。  手がするりとすり抜けて。  ついでに体もすり抜けちゃった。    お墓の外はいい天気。  お日様ポカポカ。綿雲フワフワ。  でもなんだかさびしいな。  だぁれもいないからさびしいな。    お墓の周りの草むらが、そのときガサリと揺れました。  緑の中からぴょこぴょこと。  長いお耳が飛び出して。  真っ白なうさぎが、お鼻をひくひくさせながら、ゴーストくんに話しかけてきました。 「こんにちは、ゴーストくん」 「こんにちは、うさぎさん」 「こんなところでどうしたの?」 「ひとりぼっちで泣いてたの」 「じゃあぼくと遊ぼうよ」  うさぎさんに誘われて、ゴーストくんは嬉しくなって「うん!」と返事をしました。  だけど、こまったことにゴーストくんは、お墓を離れることができません。  こんなことじゃあ一緒には遊べないとことわられてしまうかも。  ゴーストくんは、しょんぼりとうつむいてうさぎさんに言いました。 「でもだめだよ。ぼくはここから動けないもの」  ゴーストくんの涙がぽろぽろと落ちて、地面のお花を濡らします。  うさぎさんはぴょんぴょんと、お墓の周りを跳ねました。 「動けなくても大丈夫。一緒におしゃべりをすればいいよ」 「ほんとうに? ぼくとおしゃべりしてくれる?」 「ひとりぼっちのゴーストくん。ぼくがお友達になってあげるから、いいかげんもう泣き止んで。ぼくはきみをひとりぼっちにしないよ」  お友達!  なんてステキな響きでしょう!  ゴーストくんはその日から、うさぎさんとたくさんおしゃべりをするようになりました。  うさぎさんは、森の奥から毎日ぴょんぴょんと跳ねてやってきます。  ゴーストくんはうさぎさんが来るのを日々心待ちにしていました。  うさぎさんとのおしゃべりが楽しかったのはもちろん、うさぎさんがどんどんと、新しいお友達を連れてきてくれるからです。  きつねさん、あらいぐまさん、しかさんにたぬきさん、ときには大きなくまさんまで!  ゴーストくんの周りには、いつしかたくさんのお友達でいっぱいになりました。  入れ替わり立ち代わり、動物たちはやってきます。  ゴーストくんは彼らとのおしゃべりで大忙し。 「ゴーストくん、ゴーストくん」  うさぎさんに肩をたたかれても、振り向く暇なんてありません。 「いまべつのお友達と遊んでるからまたあとでね」  ゴーストくんはそう言って、うさぎさんを追い払いました。  うさぎさんはしょんぼりと、森の奥へと戻ってゆきます。  けれどゴーストくんは呼び止めません。  うさぎさんがいなくても。  ゴーストくんの周りには、たくさんたくさんお友達がいるから。  少しもさびしくなかったのです。    森の木の葉が、やわらかな黄緑色から青々とした濃い緑に変わり、やがて赤や黄色に染まって、すっかり散ってしまったころ。  ふと気づけばゴーストくんはまたひとりぼっちでお墓の中にいました。  ここしばらく、お友達は誰も遊びにきてくれません。  ゴーストくんはしくしく泣きました。  さびしくて泣きました。  泣いているとだんだんと腹が立ってきて、ゴーストくんは土の中を飛び出しました。  お墓の周りにはやはり誰もいなくて。  ぽつねんと立てられた十字架があるばかり。 「誰か!」  ゴーストくんは叫びました。 「くまさん! きつねさん! たぬきさん! あらいぐまさん! しかさん!」  呼びかけても、森からは誰もあらわれてはくれません。 「誰もいないの? ぼくたちお友達でしょ? 誰か来てよ! さびしいよ!」  ゴーストくんは泣き声をあげながら、森へとお友達を探しに行こうとします。  けれどゴーストくんは、お墓から離れられません。  まるで見えない糸が手や足や首に絡まって、お墓に縫い付けられたよう。    ゴーストくんは思い切り暴れました。  なんとか糸をちぎろうと、手足を振り回しました。 「いけないよ」  突然声が聞こえてきて、ゴーストくんは驚きました。  見れば十字架さんが片目をぎょろりと開けているではありませんか! 「十字架さん! 話せるの?」  ゴーストくんが尋ねると、十字架さんが「いいえ」と答えました。 「いいえ。話せるけど話してはいけない決まりなの。私はお墓の番人だからね。ふだんは話せないことになっているの」 「じゃあなぜいまはおしゃべりをしているの?」 「それはね、ゴーストくん。きみがここを離れようとしているからだよ。きみとお墓のつながりを無理やりに切ってしまっては、きみはもうここへは戻ってこれないよ。悪い霊になって、悪魔のところへ連れていかれてしまうんだよ」  十字架さんは少し怖い口調でそう言いました。 「お友達を迎えに行くだけだよ! すぐに帰ってくるから、迷子になんてならないよ!」  ゴーストくんは十字架さんを説得します。  それでも十字架さんは「ノー」しか言ってくれません。  ゴーストくんは腹が立って、十字架さんを蹴飛ばしました。 「だって! お友達が僕をひとりぼっちにするから悪いんだ! 誰も来てくれないのがいけないんだ!」    ゴーストくんは今度こそ、お墓とのつながりを断ち切ろうと助走をつけて、思い切り高く飛び上がりました。  そのときでした。 「ゴーストくん」  弱弱しい声で呼ばれて、ゴーストくんはハッとしました。  枯れた茂みから、白い耳がぴょこんと飛び出していました。  それは、ずいぶんと久しぶりに見る白いうさぎさんの姿でした。  ゴーストくんはポカンと口を開けて……それから大喜びで両手を広げてうさぎさんを迎えました。 「うさぎさん! 来てくれたんだね!」  うさぎさんがおひげをそよがせて、にっこりと笑ってうなずきました。 「きみをひとりぼっちにしないって、約束したでしょう? さぁ、お墓の中に戻って。ぼくはずっとここにいるから」 「本当に?」 「本当だよ」 「ぼくが土の中に戻ったら、おうちに帰っちゃったりしない?」 「帰らないよ。ここでずっと、おしゃべりをしていようよ。ゴーストくん、早く戻らないと悪い霊になっちゃうよ。悪い霊になったらもう、ぼくとおしゃべりできないよ」  うさぎさんの説得に、ゴーストくんはするすると地上に降りると、うさぎさんの白い毛を撫でて、ようやく安心してお墓の中に戻りました。  十字架さんはなにかを言いたそうなそぶりで目を開けたり閉じたりしていましたが、結局なにも言いませんでした。  ゴーストくんは土の中から、なんどもなんどもうさぎさんに声を掛けます。 「うさぎさんうさぎさん」 「なぁに、ゴーストくん」 「ちゃんとそこにいる?」 「いるよ。声が聞こえるでしょう」 「うさぎさんうさぎさん」 「なぁに、ゴーストくん」 「そこにほかのお友達はきてる?」 「ううん。だぁれもきてないよ」 「うさぎさんうさぎさん」 「なぁに、ゴーストくん」 「外の天気はどんな様子?」 「今日は雪だよ。雪がたくさんふってるよ」 「うさぎさんうさぎさん」 「なぁに、ゴーストくん」 「ぼく、眠たくなってきちゃった」 「ぼくも眠たいなぁ。もう寝ようよ」 「うん、おやすみなさい」 「おやすみなさい、ゴーストくん」  ある日のことでした。  ゴーストくんはふと目を覚まし、いつものように「うさぎさんうさぎさん」と呼びかけました。  しかし返事がありません。  ゴーストくんは心配になって、そうっとお墓の中から出てゆきました。  するとお墓の周りには、たくさんのお友達がいるではありませんか! 「ゴーストくん、ひさしぶり」 「ゴーストくん、会えなくてさびしかったよ」 「ゴーストくん、冬の間どうしてた?」  ゴーストくんはみんなに次々に話しかけられましたが、それどころではありません。  ゴーストくんはうさぎさんの姿を探しました。    ふと見ると、新芽の生えた土の上に、みすぼらしい毛玉が落ちています。  薄汚れたそれは、白い色をしていて。  ゴーストくんは慌ててそれを抱き上げました。  それは、やせ細ったうさぎさんでした。  ピンと立っていたはずの耳は、くたりと垂れていて。  目をつぶったまま、ぴくりとも動いてくれません。  「うさぎさんうさぎさん」  ゴーストくんはなんどもうさぎさんを呼びながら、彼の体を揺らしました。 「もう死んでるよ」  と、十字架さんが言いました。 「森の動物たちはね、ゴーストくん。冬場はあんぜんな場所で冬眠をするんだよ。だけどそのうさぎはきみがさびしくならないように、ずっときみのそばに居てくれたんだよ。雪の日に外で寝たら、死んじゃうってわかっていたのにね」  ゴーストくんは十字架さんの言葉を聞きながら、かたくて軽いうさぎさんを抱きしめ続けました。 「ゴーストくん、かなしい顔をしてどうしたの」 「ゴーストくん、みんなで一緒に遊ぼうよ」 「ゴーストくん、これだけお友達がいたら、もうさびしくないでしょう?」  動物たちがゴーストくんを囲んで明るい声をかけてくれます。  ゴーストくんの目から涙がこぼれました。    ひさしぶりにお墓の周りがにぎやかになって、たのしくてうれしくて出た涙なのか。  たったひとりのお友達を失くして、かなしくてさびしくて出た涙なのか。  それは、ゴーストくんにもわかりませんでした。  おしまい。
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