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 噂と云うものは気ままなものだ。お目当ての土岐承子(ときしょうこ)にお目にかかれないと解ると寺の人気は激変した。学生は暇なようで暇じゃない。学生は新たな刺激を求めて日夜活動するが実質は暇な人類なのだろう。しかしこのサークルの人間は元々は現在の流行よりも過去の歴史に執着する特異な学生たちだった。  そんな騒動の中で声を掛けたのは前回のサークル活動では丹波にある周山城の学術調査隊に加わって欠席だった山本だ。この呼び掛けはみんなは周山城の遺構についての説明だと思ったらしい。  三々五々歴史研究サークルの面々が大学近くの喫茶店に集合した。どうも仁科の報告に尾ビレを付けて吹聴したのは西山と北山と分かり二人には謹慎処分を下して残りの五人が集まった。  山本は開口一番に「サークルには欠かせない資料がある寺に学生の野次馬が大挙して押し寄せてるのにお前ら何してるんだ」とまくし立てた。 「いま寺に行っても火に油を注ぐだけでしょう」と赤木は呑気に構えていた。 「俺は仁科から事情を聞いて先手を打った」 「山本先輩、先手って何をしたんですか」と非木川(ひきかわ)が聞く。 「西谷と北山がいないだろう」 「張本人のあの二人は謹慎でしょう」 「バカ! そんな楽な事を俺がさせるかこれも仁科から聞いて寺の大男が凄い剣幕で追い払われるからと美人の住職を吹聴した二人に今度は逆説を立てて恐怖心を掻き立させている」 「なら二、三日で収まるから今少し待ちましょう」 「いやこれから直ぐ行く。仁科の話では美人らしいが会うのが気に入らん奴は残れ」 「仁科さんは今回は凄いなあ、報告をすべて取り入れてあの山本先輩から一目置かれている」  と非木川が仁科の耳元でボソッと喋って来た。  たまたまみんなその人を知らないだけだったんでしようと真美は醒めていた。 「美人に会うのに異議はないが混乱の極に行くよりほとぼりが冷めるまで待とう」  と赤木の尚も慎重な意見に山本はまだそんな悠長な事を云ってる場合ではないと檄を飛ばした。 「座して待つより兵は速攻を尊ぶだ。もっともこの前に見た丹波の周山城の遺構では籠城戦向きだからこの場とはちと違うが」  さすがは歴研の優者と非木川は歴戦の勇者に引っかけている。それが気に入ったのか山本は満更でもないと頬を緩めた。 「それは戦場(いくさば)でやるかやられるかの場合だ。現状はそれほど緊迫してないじゃないか」  山本と赤木の議論は噛み合わなかった。 「仁科くんはどうなのその人を知ってるのはあなただけだから」  と衣川真美はあくまでも冷静だ。 「それが掴み所の無い人なんだ」  強い意見を求めた真実に心細さを誘う仁科に、山本は話の腰を折るなと鋭い視線を浴びせた。 「とにかく押しかけてみよう受け容れられるか追い払われるが解らんがアポを取らずにいこう」  勢いをそがれるのを嫌がる山本は強行に出た。 「追い払われて玄関に塩でも撒かれたらどうする」  更に赤木が抵抗を試みると。 「その時は岩佐先生のお出ましで取り繕ってもらおう」  仁科は丁半の賭けが出揃わない鉄火場のツボ振りよろしくさじを投げるように出たとこ勝負で言った。 「それは良い。先生がほったらかした結果こうなったのだから失敗すれば当然尻拭いしてもらおう」  中々まとまらず疲労困憊(ひろうこんぱい)の域に達した喫茶店での議場は仁科の意見に雪崩(なだれ)打つように賛同した。真美はこの時だけは仁科の中途半端でしかも優柔不断な他力本願もこの場には良いと褒めた。  一同先ずは寺へ挨拶にゆくのが先決と一致して今から即刻に行くと結論した。
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