6

1/1
前へ
/68ページ
次へ

6

 学生たちが門前払いに遭って帰る道でサークルの主立(おもだ)ったメンバーは仁科君を筆頭に山本と赤木と非木川、その仲良しの衣川を連れ立って寺へやって来た。先ずは山門を抜けると石畳の十数歩先には大きな引き戸になった玄関があった。引き戸は開けっ放しになっているから目を凝らさないとそのまま行き過ぎて敷居で躓きそうになった。 「仁科くん何ずっこけてんの二度目なんだろう」  赤木の言葉に前回は裏木戸から入ったと弁明した。細長の八畳ほどの土間にやはり同じ広さの細長の板の間が続いていた。  土間と板の間には腰を降ろすのに丁度よい高さの段があった。そこへ裏庭から廻ってきたのか大男がいつの間にか立っていた。その気配で振り向いたみんなはびっくりしていた。ここで今までの学生風情の珍客は跳び上がるように退散した。が仁科を認めた椹木(さわらぎ)(あるじ)をお呼びしますと言ってこの前の部屋で待つように勧めて引き下がった。みんなはほどよい高さの上がり(かまち)に腰を下ろして靴を脱いで上がった。 「仁科、お前凄いなあ、あの鬼瓦みたいな男がご丁寧に頭まで下げて上げてくれるんだから、お前がいなければ女二人はともかく俺なんか外へほっぽりだされていたとこだったよ、みんなこの関門で挫折した話はまんざらでもなさそうだ」 「赤木先輩は変なところで感心するんですね」  非木川の代弁で仁科と真美は先へ進んだ。  次の和室の部屋にみんな適当に座った。そこへ小紫の(つむじ)を着た土岐承子が現れるとみんなはハットするように注目した。そこで四人は自己紹介をすると彼女は頷きながら顔をしっかりと確認するように見詰めた。そして「今日はみんなお揃いでどうされました」と来訪の真意を促した。 「いや、うちの大学の学生が用もないのにこのお寺に大勢押しかけましてそれを我々が代表してお詫びに参りました」  山本が代表して挨拶した。  それが学生たちがやって来た本当の理由かどうかは置いといて恭しく彼女は応えた。 「なーんだそんな事なの随分と大袈裟なのねそれは岩佐さんもご存知なんですね」 「いえそれが……」  彼女がまだ会ったことのない先生の意見を聞くとは思ってなかったから驚いた。 「あら呆れた人たちね」と見回して仁科を指名して「あなたはこの前は確か岩佐さんから頼まれていらしたのでしょう」 「はいその節は薬草を煎じてもらって気分が良くなりました」 「仁科くんそうなのそんな話は聞いてなかってたわよ! 」 「衣川真美さんは随分と慎みのない言い方をなさるのね」 「だって仁科くんは一浪の一回生であたしは二回生なんだもん」 「じゃあ同じ歳じゃないの」 「でも後輩は後輩なんだもん」 「それはあなたより余分に勉強したことで学ぶ姿勢、取り組みに違いはないでしょう」  何処か違うような気がしたのだが真美は土岐承子の前ではそれ以上反論が出来なかった。 「珍しく今日はとにかく大学からの来客はあなた方だけですから」 「あの連中は客でなく単なる野次馬根性丸出しの品のない学生どもですから今日は来ていませんが西谷と北山が噂を払拭させましたからご安心を」 「あら別に気にしていませんから」  それで用件が済んだと一安心して山本は腰を上げようとしたが、せっかく来たのですから何かお手伝いでもあれば罪滅ぼしに致しますよ。と社交辞令のように添えた言葉に土岐承子が反応した。  ゲ! と山本は踏まれた蛙のように奇声を発した。 「あら無理ならいいわよ」  いえいえ頑張ると、何なりと手伝わせてもらいますとみんな立ち上がると。 「狭い所ですからそうねじゃあ仁科さんと衣川さんに奥の書庫の整理を頼んでもいいかしら」  ホット肩を降ろした山本はよろしくと納得して三人は引き揚げて残った二人は書庫に案内された。小一時間ですませる量の整理を頼んで土岐承子は部屋を出た。 「あの人、何であたし達だけ残したの」 「気を配ったんでしょう」 「冗談じゃないわよそんな事される言われはあたしにはないけど仁科くんから頼んだの」 「滅相もないあれほどの品格を備えた人には何も言えませんよ。第一そんなことを頼めるほどまだ親しくはありませんから、それより古書を大事に扱ってくれそうなので指名したのでしょう」 「品格って、世間慣れしてないだけじゃないの、生まれは何処なのかしら? それよりも、そうね初対面でそんなところなんて判りっこないわね」 「そんなところって……」 「そんな所はそんな所よつべこべ言わずに言われた所だけ整理すればいいのよサッサとかたづけよ。山本が余計な事言いやがって」 「それより帰りはどうします」 「もちろん別々でしょう」 「昼でも暗い雑木林が続く小径ですよ」  行きしはなみんなでワイワイと歩いたあの何もない鬱蒼とした道は一人では帰りたくなかった。 「解ったは途中まで送って頂戴」  ハイハイと調子良く返事をしながら前回、薬草の話をしながら土岐承子が奇妙な事を言ったがあの人には普通で奇妙でないのかも知れないと思った。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加