第2章1

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第2章1

 先代の承徳和尚(しょうとくおしょう)は寺での岩佐のサークル活動を著しく制限していた。しかし土岐承子は打って変わってある目的を秘めて積極的にこのサークルを利用した。  翌日には複写を頼まれた仁科はカメラを持って大学で真美と待ち合わせをした。二人は落ち合うと長閑な山里の路を歩いて寺へ向かった。仁科はピクニック気分で真美と並んで歩いた。良いカメラね高かったんでしようと言い出すと仁科は真美の写真をこの時とばかりにと何枚か撮りだした。その内に調子に乗ってポーズの注文を付け出すとさすがの真美もそれどころじゃないでしようと一喝した。諦めて仁科はカメラを仕舞った。 「ところで何で俺達ばかり手伝わされるの」 「しようがないでしょうみんなバイトとかち合ってるんだから」  オモチャを取り上げた子供みたいになった時はさすがに悪いと思ったが、それを顔に出すとまたカメラをいじりそうで堪えた。 「真美ちゃんはどうなの」 「あたしは中学生の家庭教師のバイトがあるわ」  ーー週一でテストが近付くと特訓でその家に通い詰めるらしい。どうやら親が目指す名門大学へエスカレーター式に進める高校を受験するつもりらしいが本人は何処吹く風でいるから真美は親と本人の板挟みで苦労していた。 「それでもその家に家庭教師として行ってるんだ」 「そう最初はねえ、でも途中からこれはその女の子の意識改革なのだと同調したのよ」  順位を付けないで平等に扱うそんな競争を避ける親の気持ちも分かるが、社会へ出ればそれは競争でなく闘争の現実が待っている。今から楽してどうすると言いたい。 「それでその子はどう変わった」 「まだその過程だけど彼女はあたしの考えを認めてくれたけどそれで母親から娘が体を壊したから暫くはお休みさして下さいって言われて、それからズーとお誘いがないのそうなると体を壊したからって言うのも口実の様な気がして、そうなると段々信頼が薄れるでしょう」 「さあ容態が悪化して家庭教師どころじゃないのかも知れない」  仁科は真美が教える女の子にも家庭教師のバイトにも関心が低かった。熱意がないと受け止めてたらしく彼女はこの話題を切り上げた。代わりに土岐承子さんに話題を変えると乗ってくるのにいささか閉口した。 「どうしてもあの人に関心が行くのね」 「それゃあ今サークルでの活動に大いに関わってる人だからさあ」  どうも怪しい。彼はあたしが勧誘した時は歴史研究にさほどの熱意が見受けられなかった。それでも部員数が足らないから積極的なアピールとあたしの容姿も気に入ったようで入部した。そもそも他の部に比べると華やかさがない。校門で別の新入生に古文書のコピーを見せた反応が酷かった。これはシルクロードの果てに辿り着いた中東の文書と言ったのにはジョークでも呆れた。あの新入生は源氏物語の原文の一部も見た事が無いのか、それで文学部に入学するなんて。仁科くんはそこまで酷くないが古文書の解読に苦心しているのは確かだった。  それにしても土岐承子さんは苦もなく現代の手紙のようにスラスラと読んでしまった。あたしは筆跡と書き順を辿りながら読むのと大違いだ。岩佐先生も難しいところは前後の文脈から読み解く場合もあるが、誰の力も借りずに読んでしまう。一体あの人は岐阜で何をしていたのかしら? 。それを仁科くんに訊くと「そんなもんじゃないのか」と自分の解読力を無視して答えたのには呆れた。 「もっとしっかりと承子さんを見てよ」 「ちゃんと見てる」  ーー承子さんの土岐と云う苗字は歴史研究サークルの全員が気になっていた。それを先生はズバリ訊いてくれてみんなのモヤモヤもこれで解消された。けどまた新たな謎が生じて仕舞った。しかしそれを更に追求できるのは岩佐先生でなく仁科くんしかいない。これはみんなが一致した意見だった。だから土岐承子さんに目を眩ませてる場合じゃあないからしっかり見てよ。  ーーどうしてぼくなんだ。  ーー土岐承子さんのお気に入りなのよ。  ーー真美ちゃんはほんとにそう思ってるの。  ちょっと嬉しそうな顔になったのが癪に障った。だから否定してやった。  ーー思うわけ無いでしょう。と言っては見ても何処か彼女は自信なさそうだった。  土岐承子の正体に迫りたい歴史研究サークルの面々が白羽の矢を立てたのが仁科で、それをバックアップするのが真美ちゃんだが。ここはしっかり補佐しなければ。
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