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「アラー オニーサン コチラヘ ドーゾ」
金髪美人がオレの腕を引く。がっぱりあいたドレスの胸もとから目が離せない。
「いえいえ。おにいさん、こちらのほうがよろしくってよ。さ、さ、さ」
もう片方の腕を和服の美女が引っ張った。結い上げた黒髪の下に伸びるうなじから目が離せない。
なんだこれ? どうしてこうなった? それに、ここはどこだ? まわりがまっ白だぞ。霧か? 変なところだな。
オレは走ってたはずだよな、人ごみをかきわけて。それで歩道の段差につまずいて、よろけて車道に飛び出して……
あ、ダンプにはねとばされたな。
はっはーん。わかったぞ。これって、どっちかについていくと死んじまい、どっちかについていくと生き返るってやつだ。
ふつう、こういうのって片方がすごい美人で、片方がみすぼらしい老人だったりして、ついつい美人についていくと死んじまうってのがパターンだけど、オレにまとわりついてるのは、どっちもどえらい美人だ。
生きるか死ぬかの選択。こりゃあ、うかつには選べないな。
「なあなあ。金髪ねーちゃんのほうについていくと、どうなるんだ?」
「トッテモ イイトコニ イケルノヨ」
うーん、「イケル」ってのが意味深だな。漢字で書くと「逝ける」なのか? おいおい、それだと死んじまうじゃねえか。
となると、着物のほうを選ぶと生き返るってことか。いちおう、きいてみるか。
「じゃあ、着物のねーちゃんについていくと、どうなるんだ?」
「あつーいお風呂で汗を流してもらったあとに、うふふ」
なんだ、お風呂って? 生き返るんじゃないってこと?
あ、もしかして、死ぬのは確定なのか。
そりゃそうだな。ダンプがめちゃくちゃな勢いでつっこんできたもんな。お迎えがきて当然か。納得。だとすると。
「なんで二人いるんだ?」
「ダッテ オニーサン ドッチツカズダカラ」
「なんだ? どっちつかずって」
「神も仏もあったもんじゃないって、ダンプにはねられる瞬間に思ったでしょ」
そうだ。その通りだ。
オレの人生、ろくなもんじゃなかった。
貧乏に生まれたのが運の尽き。金のあるやつには、なにをやってもかなわない。
唯一勝てるのが、悪いこと。
だからガキのころは万引きに明け暮れ、大人になってからは人をだまして生きてきた。
寸借詐欺に募金詐欺。結婚詐欺に取り込み詐欺。あらゆる詐欺で金をむりしりとりまくった。
だまされるやつが悪いんだ。悪いのはオレじゃない。不平等な世の中が悪いんだ。政治が悪いんだ。
だのに、とうとう警察にみつかって、走って逃げてる最中にダンプにひかれちまった。
たしかに、ダンプの盛大なクラクションを聞きながら、神も仏もありゃしないと毒づいたな。
思い出すオレの腕を、和服の美人が胸にかかえこむ。いいにおいと、いいやわらかさでめまいがした。
「神さまの世界にお送りすればいいのか、仏さまの世界にお送りすればいいのかわからなくて、二人でお迎えにきたのよ」
「てことは、金髪が神さまの世界で、着物が仏さまの世界ってことか」
「ソーソー オニーサン ドッチニスル?」
金髪ねーちゃんも胸をオレの腕に押しつける。たまらんな。死んだとは言え、こんなすげえ美人にひっぱりだことは。やっと運がまわってきたか。
神のほうは、天国だな。英語で言うとヘブンだ。
仏のほうは、なんだ? あ、極楽浄土ってやつか。
なんだよ、どっちも同じようなもんじゃねえか。まわりにはべってくれるのが、金髪か黒髪かって違いか。
それにしても、人生ってのは、どっかでバランスをとってるってのは本当だな。
生きてるときは、理不尽でイヤなことばかりだった。死んでから釣り合うってのも皮肉なもんだが、ダンプに思い切りぶつかられたんだ。だのに生きてるってほど、世の中あまくない。なんか納得だな。
死んでから不公平だった分を取り返すってのも、いちおう理屈はあってるし。うん、納得納得。
さてと、どちらにするかなあ、うひひひひ。
「なにを都合のいいことばかり考えとるのだ、あの男は」
霧を透かしてこのやり取りをながめていたのは漆黒の魔神・サタン。男の心の中までお見通しだ。
まったくじゃ、と極太の眉を怒らせた真っ赤な顔で、閻魔が冠をゆらす。
「生前は良いことを一切せなんだくせに、なにが極楽じゃ」
「洋の東西を問わず、悪いやつの行き先は決まっとる」
「どちらの女を選んでも、地獄行きは変わらんのにのお」
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