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竜の里
一匹の竜が、空高く跳び上がる。
青く果てしない空に、黒い翼が悠々と広がった。
鮮烈な空の青を覆うような気高い黒。真昼の日差しを受けて光り輝くような美しい翼。
風を切り、羽ばたいて、世界と一体化する。
どこまでも自由。限りなく美しく、限りなく遠い。
地上から竜を見上げた少年が、ぽつり、と呟いた。
「羨ましい」
その声は他の誰かに届くこともなく、風に攫われて溶けていく。
人口が集中する街から遥か遠く、高い山々が連なる山岳地帯に、小さな集落を中心とした里があった。
「竜の里」と呼ばれるそこでは竜を統べる一族が暮らしていた。彼らはこの山々にたくさん生息している竜たちと共に生活し、山を下ることは滅多にない。この場所以外では、もうほとんど竜は生息していない。その数を減らさないために、また爆発的な増加を防ぐためにも、彼らは存在している。
その一族の中に、一人、異質な少年がいた。
少し成長の遅い細身の身体に質素な服を身に纏い、肌の色素は薄く、柔らかな癖毛の茶髪とエメラルドグリーンの爛々と輝く瞳。顔立ちの整った美少年だが、ただひとつ、一目見ただけでわかる、他の人間たちとの決定的な違いがあった。それは、彼の頭にある、まるで竜がもつような、大きな薄紫色の二本の角。側頭部から少し湾曲して伸びるその角は、彼が人ならざる者である証明だ。
この集落に唯一存在する、竜と人間の混血。それが彼__サミエルだった。
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