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爺はそう言って再び舟の舵を握った。沈黙は破られ、海はすでにいつもの北の海に戻っていた。
あの時の光景を思い返しながら、掌の骨を見つめる。彼はきっと北の海原を自由に回遊し、生涯を全うしたのだろう。そして、しかるべき時に死を迎え、その屍は長い時の中で朽ち果て、海の底に沈んだ骨が時化の波で赤岩の浜に打ち揚げられ、今僕の手の中にある。そして、彼は死してなお僕の心に揺さぶりをかけている。
「うらやましい奴だ・・・」
僕は心の奥でそう呟いた。
僕にはこの世にも珍しい骨の円盤を、どうしても見せてやりたい人がいた。それは故郷である京都の病院に入院している僕の父親だった。彼は今末期の癌を患い、余命幾ばくもない日々を送っているはずだった。僕が父にしてやれることは、もうそれくらいしか残されていなかった。へそ曲がりの父は僕のこの最後の贈り物を素直に受け取り、喜んでくれるだろうか・・・。
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