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後日談60
領都へやって来たアインズたち。領主邸からもそんなに遠くない場所だというのに、アインズにとっては実に初めての領都だった。
「ふむ、さすがに中心地とあって賑やかだな」
アインズの最初の感想がそれだった。
「まあ領都ですからね。それに、私たちの出身地である獣人の村と王都を結ぶ街道上にありますし、それなりに賑わうんですよ。なにせ村にも行商は来てましたからね」
ミャーコは自慢げにそう話している。
だが、調子に乗って話をしているミャーコの耳に、ちょっと信じられない言葉が飛び込んできた。
『よう、そこに小娘は乗っているか?』
『あれ、ハリケーンサイトじゃないか。どうしてここに居るんだ?』
『なに、小娘がそろそろ来る気がしてな、お出かけに便乗して待ち構えてたってわけだ』
『本当にあの猫の子が好きだな、あんたは』
馬車の外から馬同士の会話が聞こえてきたのである。どうやらハリケーンサイトが来ているらしい。相変わらず、ミャーコに構いまくるハリケーンサイトだ。彼にも奥さんが居るはずなのだが、気ままなものである。
「おお、これはアインズ様。戻られてましたか」
馬たちの会話とほぼ同時に、誰かの声が聞こえてきた。
「なんだ、ゴドンではないか。今日は何をしに街に出てきているんだ?」
「はい、暖かくなってきましたので、坊ちゃまとお嬢様のために服の生地を仕入れに来たのです。さすがに赤ちゃんを街に連れてくるわけには参りませんので」
「ふむ、そうか」
ゴドンの説明に、納得のいったアインズである。赤ん坊相手では仕立て屋を呼ぶのもよろしくないと考えたのだろうが、確かにそうだろう。よっぽど信用した相手でないと、安易に屋敷に招き入れるのはよろしくないのだ。赤ん坊はそのくらいに無力なのだ。
「ペルロとシアンは元気そうか?」
「はい、すくすくと育っております。奥様方の侍女がしっかりと世話をしております」
ゴドンの報告にアインズはほっとした様子だった。タマとテイルはしっかりと職務を果たしているようである。
通りのど真ん中で話をするわけにもいかないので、アインズは馬車を通りの脇へと寄せさせる。安全に止まったところでゴドンとの会話を再開させた。
「アインズ様、領内の視察はいかがでしたでしょうか」
「そうだな……といきたいところだが、これは屋敷に戻ってからの話だ。今はこの領都の視察に来ているのだからな」
ついつられそうになるアインズだったが、間一髪今の状況に気が付いて思いとどまった。
「おっと、これは先急いでしまいましたな。失礼致しました」
「うむ、仕事熱心なのは構わないが、時と場所はちゃんと選ぶようにな」
「肝に銘じておきます」
ゴドンは自分の乗ってきた馬車へと近付いていく。
『それじゃあな、小娘。土産話をマロンと期待して待っておるぞ』
「まったく、すっかりマロンさんにぞっこんなんだから……」
ゴドンが近付いてきた事に気が付いたハリケーンサイトは、ミャーコとの話を打ち切っていた。どうやら、馬車を路肩に寄せる前に降りて話をしていたようだ。まあ、ミャーコからしてもマロンとの惚気話ばかりで少し飽きてきていたので、正直助かったようである。俺様気質の強かったハリケーンサイトが惚気話に染まるなど、誰が想像しただろうか。たぶん誰もが無理だと思われる。
『じゃあな、小娘。戻ってきた際にはいろいろ話を聞かせてもらうぞ』
「はいはい。さすがにその時は惚気話はやめてよ、ケーン」
『ふっ、それは保証できんな』
ハリケーンサイトはそう言い残すと、馬車を牽いて領主邸へと向けて帰っていったのだった。
まったく、領都に入ってすぐに思わぬ遭遇である。だが、領内の視察に入ってしばらく姿を見ていなかったミャーコは、相変わらず元気そうで安心したのである。あれでも馬齢十二歳くらいなので、まだまだ現役バリバリという事なのだろう。
というわけで、何かと安心したミャーコたちは、改めて領都の視察を開始したのであった。
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