後日談72

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後日談72

『小娘、いつまで居るつもりだ?』  気分転換に村を散歩していた時だった。馬小屋に寄るとハリケーンサイトからそんな事を聞かれる始末だった。 「えっ、なんでそんな事聞くのよ」 『気になるではないか。俺様は自然は好きだからいいのだが、そもそも今回は里帰りだろうが。長居するつもりではなかっただろう?』  まさかハリケーンサイトにこんな事を言われるとは思ってもみなかったミャーコである。 「うーん、そうね。領主代理としての立場もあるから、いい加減戻った方がいいか……」  ハリケーンサイトのお小言に、ミャーコは自分の立場を思い出していた。領地ではそれなりに重要な立場に居るのだ。いつまでもその席を空けているわけには、確かにいかなかったのだ。 「うん、分かったわ。確認したい事があるから、明後日に屋敷に戻る事にしましょうか」 『やれやれ、ようやく決めたか……』  苦笑いをしながら言うミャーコに、ハリケーンサイトは呆れたように首を振っていたのだった。 「なんじゃミャーコ。帰る事にしたのか」  ドッグワイズ公爵邸に戻る事を決めたミャーコは、村長の家を訪れていた。 「はい。さすがにこれ以上屋敷を空けていては、スフレが寂しがっているかと思いまして」 「……そっちか。本当にお前たちは姉妹のように仲がいいのう」  ミャーコが述べた屋敷へ戻る理由に、村長は顎髭を触りながら笑っていた。 「ええ、スフレはいつまで経っても、私にとっては妹みたいなものですからね」  ミャーコもミャーコですました顔をしながら笑っていた。 「まあ、帰るというのなら止めはせん。じゃが、またいつ来てくれてもいいんじゃぞ。お前さんにとってここは故郷なじゃからな」 「ええ、そうさせてもらいます」  村長とミャーコはにこやかに挨拶を交わしたのだった。  日付変わった翌日の朝、ミャーコは護衛たちと一緒に村の入口へとやって来る。そこには村のみんなが集まってミャーコを見送りに来ていた。さすがに村人総出ともなれば、ミャーコも驚く他なかった。 『大した人気だな、小娘』 「まったく、そう言って茶化してくる……」  ハリケーンサイトがにやけながら言うものだから、ミャーコの表情が歪んでいた。  とはいえど、これだけ故郷から離れていてもこんな風に見送ってもらえるというのは嬉しいものだ。ミャーコの顔はすぐに笑顔に戻っていた。 「ミャーコちゃん」 「スフレのお母さん」  ミャーコは声を掛けられてすぐに反応する。スフレの母親である犬の獣人だった。その姿はスフレとよく似ている。 「これからもスフレの事をよろしく頼むわね。あと、時々でいいから連れて帰ってきてちょうだい」 「ええ、スフレの事は任されました。ただ、こっちに戻ってくるのは厳しいかも知れませんね、子どもも生まれてそんなに経ってませんから」 「ああ、そうだったわね。……無茶はさせられないわね」  ミャーコの言葉で、スフレの母親はすっと引き下がったようだった。とはいえ、スフレは子どもを乳母に預けて今年行われた領地の視察に同行していた。不可能ではないのだけど、今年ばかりは我慢してもらう事にしたのだ。  村人に対してひと通り挨拶を終えたミャーコは、いよいよハリケーンサイトに跨った。その姿に、村人たちからはさらに見送りの声を掛けられるミャーコだった。本当にミャーコはだいぶ慕われているのである。 「それじゃみんな、行ってくるわね。またいつか戻ってくるから!」  ミャーコはそう言って手を振ると、ハリケーンサイトを走らせ始めた。村人たちも手を振ってミャーコたちを見送る。それは、姿が完全に見えなくなるまで続いたのだった。  ミャーコとしてはあの隠し書庫の本を読み切れなかった事、何より持ち出せなかった事が心残りではあるものの、自分の立場があるゆえに涙を飲んで獣人の村を後にしたのだった。
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