後日談78

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後日談78

 背中が曲がっているものの、見た事のある眼鏡。間違いない、ミャーコの目の前にいる猫の獣人はリッジだった。 「ちょっとリッジ。いくら何でも汚すぎるんじゃないの? ちゃんときれいにしてるのかしらね」 「こ、この声はミャーコ?!」 「失礼ね。私の姿は変わってないはずなんだけど?」  リッジが慌てているものだから、ミャーコはじっと睨みつけている。 「す、少し研究に没頭し過ぎただけだ。何も僕はお風呂に数日入らなかったわけじゃないよ、ないからね!」  言い訳が必死過ぎた。ミャーコは怒っていると言わんばかりに尻尾を逆立てている。  ふしゃーという声が聞こえてきそうなミャーコの剣幕に、さすがにリッジはたじたじになっていた。 「みゃ、ミャーコ。頼むから怒らないでよ。まだ研究の区切りが悪いんだ。僕がここで帰るわけには……」  首を左右に振るリッジ。ずずいっと迫ってくるミャーコ。ついには壁際にまで追い込まれてしまった。 「リッジ、諦めろ。今すぐ風呂に入れ」 「ぼ、ボルテ……。君までそう言うのかい?」  どんと構えているボルテに、困り顔で話し掛けるリッジ。どうしたらいいものかと困るリッジに助けがやって来た。 「どうしたんだ、リッジ」 「あっ、先輩」 「ああ、久しぶりだね、君たち」  ミャーコたちに声を掛けてくる人物。よく見ると、学生時代に会った事がある人物だった。 「お久しぶりですね」  頭を下げて挨拶をするミャーコ。 「よしておくれ、グラスフィルド男爵。爵位は私の親の方が上だが、私はただの子息という立場だ。実質的な立場は君の方が上なんだ。軽々に頭を下げないで欲しい」  すると、挨拶を返されるどころかお小言を貰ってしまう。これにはさすがに不機嫌な顔をするミャーコである。 「お小言いうにも、まずは挨拶を返してからにしてもらえませんかね?」  ピーンと立ったしっぽに開き切った瞳孔。明らかな威嚇状態である。これにはリッジの先輩も思わず怯んでしまった。 「いや、すまなかった。お久しぶりだね」  さすがに怖かったので、おとなしく挨拶を返す先輩である。 「とりあえず、リッジをお風呂に放り込んできていいですかね。におうんですよ、とても!」  ダンと足音を立てて迫るミャーコに、先輩はお風呂の許可を出していた。あえなくリッジはミャーコに引きずられて寮の方へと姿を消したのだった。  リッジはボルテにされるがままに全身を洗われ、再びミャーコの前に姿を現した。 「うう、どうかな……」 「きれいになったのはいいけど、服が前のままじゃないの。新しいのに着替えるわよ」  恥ずかしそうにするリッジだが、すぐさまミャーコの雷が落ちる。  それも無理はない。お風呂に入る前の服のままだったのだから。せっかく体をきれいにしても服が穢ければ意味がないのだ。  ミャーコは事務所に駆け込んで新しい服を用意してもらうと、ボルテのお尻を蹴ってリッジを着替えさせた。 「まったく、せっかく兵士になったのに、どうしてそうも服に気が回らないのよ!」 「すぐ汚れるんだからしょうがねえだろ!」  着替えをしている部屋の扉の中と外で口げんかをするミャーコたちである。その声は建物の広範囲に聞こえていたようだった。  まったく、ボルテは服装に関して無関心無頓着なままのようだった。むしろ悪化している印象すら受ける。とはいえ、ボルテの言い分も分からなくはない。見習いであるなら訓練に次ぐ訓練で、服がすぐに汚れてしまうのだ。きれいな服に着替えるのがばからしくなってくるのである。  だが、それとこれとはわけが違うので、ミャーコはここまで怒っているというわけだった。 「着替えたらリッジ、あなたのここでの成果を聞かせてもらおうじゃないのよ」 「ふふっ、そこまで言うのでしたら、しっかりと聞かせてあげますよ」  ミャーコが不機嫌な口調で言うと、リッジは眼鏡のブリッジを押し上げてにやりと笑っていた。一体どんな研究を行っていたのだろうか。
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