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後日談82
ドッグワイズ公爵邸に戻ったミャーコは、いつもの生活に戻っていた。
馬たちの世話をしながら、スフレの話し相手になったり、アインズの代わりに仕事をこなしたりと、それは実に精力的にこなしている。しばらくはどこにも出かける用事はないので、公爵邸内の事に精一杯打ち込んでいるのである。
これも、年が明けたら獣人の村へと向かうための作戦だ。なるべく不安や仕事を消化しておきたいのである。でなければ、安心して村に行けないというものなのだ。そこそこ投げやりな発言もあるものの、ミャーコの根本は真面目なのである。
「それはこうね。これはダメ、そっちは検討するわ」
年末が近づくと留守がちになるアインズに代わり、ミャーコはスフレと一緒に領主代理として仕事をこなす。スフレの方は子どもたちの相手もあるので、実質ほとんどはミャーコの仕事である。
ところが、改めて見てみてもどうやらミャーコには領主としての適性があるようだ。決断までの時間が異様に短いし、さらにかなり的確なのである。
「いやあ、何度見てもミャーコ様の仕事っぷりは惚れ惚れしますな」
「ええ、まったくです。おかげでアインズ様のいらっしゃらない時でも、安心して過ごせます」
使用人たちからの評価も高い。
正直言うと、使用人の一部も最初のうちは獣人という存在に対してかなり偏見を持っていた。いくらアインズが獣人の妻として迎えたからといっても、長年培われた価値観というものは簡単に変わらなかったのだ。
しかし、スフレは公爵夫人で仕方ないとはいえ、ミャーコたち屋敷に居る獣人たちの働きっぷりには目を見張るものがあった。
今ではすっかり、その古い価値観を持つ使用人たちはほぼ駆逐されてしまっていた。この考え方は公爵邸のみにとどまらず、領内においても少しずつ広まってきていた。それこそ南部のサウンを除けば、ほぼほぼ領内に浸透していっているというのが現状なのである。
そんな現状なんてものは知らず、ミャーコはこの日も不在にしているアインズの代わりに領地の仕事をこなしている。
仕事をしているミャーコは、一度仕事の手を止めてため息まじりに愚痴をこぼす。
「今年もずいぶんと陳情書が上がってきているわね。何をそんなに頼む事があるっていうのかしら。さっきから全然終わらないんだけど」
今年は領内の視察に回って直接話を聞いてきたのだから、そんなに多くないと思っていた。しかし、それでもかなりの数が来ていたので驚くしかない。
その陳情書に目を通し始めるミャーコ。すると、ちょっと気になるものを見つけた。
「やっぱり、少し水位が下がってきてるのね」
「どうなさいましたか、ミャーコ様」
ミャーコの呟きに執事が反応する。
「今年は雪が少なかったから、どうなるかなと思ってたんだけどね。南部の地域で少し水が減ってるっぽいのよね。でも、雪解け水ってすぐに川になるとは限らないんだけどね……」
気になるミャーコは、執事に地図を持ってこさせる。下流域に影響がすぐ出ているというのなら、上流に何かしら問題が起きているはずだからだ。
「水位が下がっている場所はここだから、この川の上流域を調査して下さい。倒木などによって、川が塞がっている可能性があります」
「畏まりました。すぐに兵を派遣して調べさせます」
ミャーコの指示を受けて、執事が部屋を出て行く。それを見届けたミャーコは、他の陳情書にも目を通していく。
スピーディーに目を通していっても、一日で終わりそうにない陳情書の数々。まったくどれほど多いというのだろうか。
(はあ、さすがに頭が痛くなってくるわ……)
ため息しか出ないミャーコではあるのだが、これも領主の仕事なので黙々と目を通していく。
「ミャーコ様、終わりましたでしょうか」
調査の指示を出してきた執事が戻ってくる。
「もう少しです。まったく、この量だと目を通すだけでも疲れますし、さらに優先度で仕分けなければならないので大変ですよ……」
「左様でございますね」
ミャーコのため息を見て、つい同情してしまう執事であった。
それでもミャーコは、どうにか陳情書を優先順位ごとに振り分け終わる。
「こちらの束はこちらでやる必要のないものです。各地に送り返してやって下さい」
「畏まりました」
執事に処理を任せたミャーコは、ようやくひと区切りがついて背伸びをする。
「さて、残りは食事の後にする事にしましょうかね」
最優先にしたもの以外は机の引き出しにしまったミャーコは、最優先の紙の束の上に文鎮を置く。そして、スフレの待つ食堂へと向かっていったのだった。
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