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後日談85
子どもたちと過ごすアインズとスフレの様子を見届けて、ミャーコは今日も馬小屋へとやって来ていた。馬の世話はミャーコの仕事の一つなのだ。
馬小屋では人間たちに紛れて青い毛並みの猫の獣人アオが働いている。
破滅の巫女の手先だったという過去もあってか、王国では獣人の扱いがまだまだ悪い。だが、アインズの屋敷には公爵夫人のスフレに、有能なミャーコが居るおかげか、アオの待遇はそんなに悪くないのである。
アオは動物たちの気持ちをなんとなく察する事ができるのだが、こと馬ともなるとそれはかなり顕著だった。そのおかげか、アオは馬には懐かれているし、他の世話役たちも安心して仕事ができているようである。
「今日も精が出るわね、アオくん」
「あっ、ミャーコさん。おはようございます」
ミャーコが声を掛ければ、アオからは挨拶が返ってくる。アオはずっと屋敷に居たとはいえど、元気そうである。
「まったく、馬の世話を任せきりにしちゃって悪いわね」
「いえいえ、ミャーコさんは他の仕事もあるんですから仕方ないですよ。馬とこうやっているだけでも僕は幸せですし、何より楽しいですからね」
悪い気がして仕方がないミャーコだったが、アオからは屈託のない笑顔で言葉が返ってきた。本当に楽しそうでなによりだ。
しばらく、ミャーコはアオと一緒になって馬たちの世話をしていた。この世界では馬が一般的な移動手段なので、それはとても大切にされている。
飼葉を与えたり、ブラッシングをしてあげたり、この日は徹底的に馬の世話に没頭するミャーコなのである。
『まったく、どうしたというのだ、小娘よ』
あまりの念の入れように、ハリケーンサイトがミャーコに声を掛けてきた。
昔っからの縁なせいで、ミャーコにはかなり気さくに声を掛けてくる馬でなのである。
「うんまあ、ちょっとね」
それに対して、なんともなく歯切れの悪いミャーコである。
『まあ、ずいぶんと思い詰めていますね、ミャーコ』
その様子が気になったのか、マロンも声を掛けてきた。
マロンは神託の巫女の大先輩だ。それゆえに、ミャーコが考えている事がなんとなく分かったようである。
『私としては何も言う事はありません。あなたの思うままに行動しなさい、ミャーコ』
「マロンさん……」
マロンに言われて、思わず顔がくしゃりそうになるミャーコ。やはり先輩は偉大なのである。
『ふん。何かは分からんが、俺様は同行させてもらうぞ。小娘とは長い付き合いだ。見届ける責務があるだろう』
そんな事を言い出すハリケーンサイトである。どうやら、ミャーコのやる事について行く気満々のようである。俺様気質の強い馬ではあるが、何かとミャーコの事は気に入っているのである。
「そういうだろうと思って、ケーンは連れて行く予定よ。私が乗るわ」
『ふん、そうこなくてはな』
「とはいっても、あっちがいつ来るか次第なのよね。神託の面々が揃わない事には、今回の事は話にならないわ」
『そうか。ならばそれまでは退屈だな』
『あら、私と居るのも退屈ですのね』
『そ、そうは言っておらんぞ』
マロンに睨まれて、思わずたじろぐハリケーンサイトである。すっかり夫婦ぽい感じだし、人間じみてる状況だった。ついつい笑ってしまうミャーコだった。
『こ、小娘。何を笑っている!』
ハリケーンサイトが怒ってはいるが、ミャーコは気にせずに笑い続けていた。
「え、ミャーコさん。またどこか行かれるんですか?」
そこへアオが姿を見せる。話を聞いていたようで、その表情は驚きに包まれていた。
「聞いていたのね、アオくん」
振り返るミャーコ。
「半分くらいは私の興味本位だけど、今後を考えると必要だと思うからね。このドッグワイズ領の中でも、最大の謎だから」
淡々と言うミャーコではあるが、その表情を見て、アオはいろいろ悟ったようだった。
「分かりました。留守の間は僕たちに任せて下さい。……ただ、できるだけ早く無事に戻ってきて下さいね」
「ええ、もちろんよ」
アオの上目遣いから繰り出された言葉に、ミャーコは精一杯の笑顔で答えておいた。
「まっ、王都からの同行者が来るまでは、まだこっちに居るから安心していいんだからね」
ミャーコはそう言ってアオの肩を叩くと、馬小屋を出て屋敷の方へと戻っていった。
その後ろ姿を、アオはじっと見送るのだった。
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