後日談89

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後日談89

 お昼になっても誰も姿を見せなかったので、村人は書庫に呼びに来たらしいのだが、この書庫の面倒なところは完全に隔絶されているという点だった。おかげで、誰もそれに気付かなかったらしい。  スフレが盛大にお腹を鳴らす事で、ようやくご飯を食べていない事に気が付いたのだった。  そうやって書庫から出てきた時には、すでに日が傾き始めていたので、まるっと日中を書庫で過ごしていたことに気が付いたのである。 「おやおや、これはやってしもうたな」 「私としたことが、まったく気が付けなかったとはね」  グラスとペティアの親子も反省していた。  しかし、この二人を他の誰も責める事はできなかった。誰一人として時間の経過に気が付けなかったのだから。スフレはお腹を鳴らした事で真っ赤になってはいたが、名誉の負傷なのである。 「とりあえず今日は戻りましょうか。誰も戻ってこないとみんなが心配しますからね」 「ええ、そうですね」  ミャーコが提案するとチアベルはすぐに賛成していた。これは他のみんなも同じである。さすがに生活を犠牲にするのはよろしくないのだ。  この日はおとなしく調べ物を切り上げて、村へと戻っていくミャーコたち。ただ、食事の時間などを使って互いの読んだ内容の伝え合って、それぞれにすり合わせを行ったのだった。  翌日も同じように書庫へとやって来るミャーコたち。  付き添いが居る間はちゃんと壁になっているのに、居なくなった途端に壁がすっと消えて隠された書庫が現れる。まったくどうなっているというのだろうか。ミャーコやチアベルはおろか、ペティアさえも首を捻る現象である。 「改めて見てみても不思議じゃのう。幻術というわけでもなさそうじゃしな……」 「確かに。壁がある間はちゃんと当たり判定があるし、なくなったら何の問題もなく通れるんだものね」 「私の破滅の力でもできませんよ、こんな事」  ペティアの魔法でもスフレの破滅の力でも、再現が不可能な事だった。 「まぁ、原理はおいおい解明するとして、今日も本を読みまくらなくっちゃね。去年の今頃は入れなかった事も含めて謎が多すぎるけど、今はそれどころじゃないもの」  困惑した様子を見せながらも、ミャーコは喋っている。これにはみんなも賛成のようだった。  四人と一匹で読んで回ったけれど、以前にミャーコが読んだ分を含めても半分も読めていない。かなりの数の蔵書がある。一体誰が記したものかもよく分からない。  ともかく、いろいろな謎を解き明かすために読み進めていると、スフレがふとあるものに目を止めた。 「どうしたの、スフレ」  たまたま視線を上げたミャーコが、動きを止めたスフレに気が付く。 「ミャーコちゃん、あそこの本、取ってもらえるかな」 「うん、どれかしら」  みんな読書で忙しいので、正直なところ自分で取ってもらいたいところだ。しかし、スフレはグラスを除く四人の中では最も背が低い。  今しがた指し示した場所は、スフレには到底手の届かない場所。踏み台のひとつもないので、ミャーコに頼むのもやむを得ない事だった。 「あの本ね。ちょっと待ってちょうだい」  ミャーコはそう言うと、猫の獣人らしくぴょんと飛び上がってスフレが指差した本を手に取る。  ところが、触れた瞬間、ミャーコに違和感が走った。 (この本は……?)  その表情をスフレも見逃していなかった。 「ど、どうしたの、ミャーコちゃん」  慌てたようにミャーコを気遣うスフレ。 「ううん、何でもないわ。この本でいいのよね、スフレ」  ミャーコは、スフレに心配を掛けまいとしれっとした表情で本を渡す。 「うん、この本だよ。ありがとう、ミャーコちゃん」  にこりと笑って受け取るスフレだった。  その表情を見てほっとするミャーコだったが、直後に自分の手をじっと見つめる。 (何だったのかしら、さっきの違和感は……)  自分の手にピリッとした緊張感が走った事が気になったのだ。  スフレが興味を示し、ミャーコが違和感を覚えたその本。一体どんな事が書かれているのか、ミャーコはスフレを注意深く見ることにしたのだった。
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