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後日談95
さすがに書庫に通い詰めでは体がなまってしまうと、めぼしい情報は手に入ったということもあって村の近所へピクニックにやってきていた。もちろん、ハリケーンサイトたちも一緒である。
「うーん、ここに来るのは久しぶりね」
声を上げるのはミャーコである。
「よくここに来る気になったな、ミャーコ」
そういうのはボルテである。
なぜボルテがこんなことを言うのかというと、ミャーコがみんなを連れてやって来たのは、ボルテがぶつかってミャーコをつき落としてしまった湖だからだ。ボルテにとってはあまりいい思い出がないために、苦情じみた言い方をしているのである。
「あら、私はすぐにでも来たかったわよ。だってここは、私が前世の記憶を取り戻すきっかけになった場所なんですからね」
振り向いてボルテに言い聞かせるミャーコである。
さすがは公爵代理をも務めるミャーコ。こういう時の圧がとても強いのである。
現在は王都で兵士をしているボルテですら、この時のミャーコの圧にはたじたじである。後ろめたさがあるとはいえ、ちょっとびびりすぎではないだろうか。
それにしても、もう七年も前になるというのにみんなよく覚えているものである。
なにせスフレとリッジも、その様子を見ながら苦笑いをしているくらいなのだから。そのくらいには、その時の衝撃は大きかったのだろう。
『ふん、つまりはあれだな。小娘が不思議な力に目覚めたきっかけを、そこの犬小僧が作り出したというわけか』
「まあ、そういうことね」
「ミャーコ?」
ハリケーンサイトが話し掛けると、ミャーコがこくりと頷いている。しかし、ハリケーンサイトの言葉を理解できるのはミャーコと動物の猫であるグラスの二人だけである。そのせいで他の面々は一様に首を傾げていた。馬の言葉が理解できないのだから仕方がないのだ。
そんな事よりも、この日は気分転換にと、村近くの湖で思いっきりはしゃぐミャーコたちなのであった。
「あれっ、スフレ」
「なに、ミャーコちゃん」
そんな中、ふと何かに気が付くミャーコである。
「あの本、ついて来てないんだ」
そう、スフレの側を離れようとしなかった本が、スフレの近くに見当たらないのである。一体どうしたというのだろうか。
「あ、うん。多分湖に来ることが分かったから、避難したんだと思うわ。本って湿気に弱いじゃない」
「ああ、なるほどね。ボルテも居るし、水浸しにされかねないものね」
「おい、こらっ。聞こえてるぞ、ミャーコ!」
ミャーコの言葉を聞きつけて、ボルテが怒って声を張り上げている。
「あら、聞こえちゃったのね。でも、事実じゃないのよ」
「ぐぬぬぬぬ……」
酷く悪い顔をして煽るミャーコに、ボルテはまったくもって言い返せなかった。自覚がしっかりあるのだろう。これでは口で勝てるわけがないのである。これにはみんなつい笑ってしまうのだった。
笑うミャーコの近くに、グラスがしれっと近付く。
「そっか。湖に突き落とされて力を目覚めさせたということは、前世の最期は……」
険しい表情でいうグラスに、ミャーコは笑って人差し指を押し当てていた。気にしないでと言っているようだった。そのミャーコの表情に、グラスもつられて笑顔を浮かべるのだった。
せっかくのピクニックも、あっという間に日が暮れ始めてお開きの時間を迎えてしまう。明日からは調査の再開となる。とはいえ、村の近くに居る状態では崖に近付くわけにはいかないので、一日書庫で過ごして、帰るふりをして近付く予定である。
なぜこんな面倒なことをするのかというと、獣人たちにとってあの崖は危険な場所であり、近寄ってはならない禁忌の場所だからだ。
しかし、七年前の嵐の夜、スフレはさらわれてあの崖に放り込まれそうになったのだ。ミャーコが早く気が付いて事なきを得たのだが、放り込まれていたらどうなっていたのか、まったく見当のつかない話だった。
今回ミャーコたちが里帰りを兼ねて村にやって来たのも、書庫の検証とこの崖の調査という目的があってこそだった。
そして、ピクニックの翌々日。いよいよミャーコたちは帰路に就く事となったのだった。
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