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颯ははっと顔を上げる。 窓の外を見つめていた大神の眼鏡に、流れゆく景色が反射している。颯の視線に気が付いたように、大神は彼を見つめ返した。 「その代わり、手遅れになる前に報告しろ」 厳しい声の裏に隠された優しさに、颯は言葉に詰まる。 大神は、普段は口が悪く冷たい印象を受けられやすいが、決して途中で見捨てたりしない。文句を言いながらも放っておけない性質なのか、意外と面倒見がいい。 大神研究室に籍を置く研究員はみんな、彼の不器用な優しさを知っている。にもかかわらず、扱き使うイメージが強いのか、颯の気持ちに共感する者はいない。 ……颯としてもライバルが増えないのは結構なことだが。 そこまで考えて、一昨日の出来事を思い返した。颯の知らない間に、颯の知らない人と談笑していた大神を思い出し、気分が沈む。 しばらく悩んで、恐る恐る切り出していた。 「あの、三日前くらいに研究室にいたのは……」 その時、肩に重みがかかり颯はぎくりとする。そっと隣を見やると、大神は腕を組んだまま寝入っていた。 緊張感のない寝顔に、颯は脱力する。 斜めにかかる長い前髪を指先で払うと、眼鏡の下の長い睫毛が目に留まった。警戒心などまるでない。無垢ともいえる横顔に、微苦笑を浮かべながらもしばらく魅入っていた。 静かな車内の中、颯はそれとは裏腹にまとまらない心を落ち着かせるように、彼の豊かな黒髪に鼻先を沈めた。
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