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「なんでもいいがさっさと提出しろよ。こっちも暇じゃねえからな」 独り言のように呟いてコーヒーを飲み干す姿を、颯は背後から見下ろしていた。 突然、こんな話題を出してきた大神の真意はなんとなく読めた。進捗状況にもよるが、教授が急かすほど締め切りに追われているわけではない。 今ここでこんなことを言い出したのは、颯を遠ざけたい口実だろう。 いい加減、見切りをつけるべきだとはわかっているのだ。それでも諦め切れないのは、もしかしたら現状に満足しているからかもしれなかった。 さらに一時間ほど費やしてやっと片付いた。今度から、こんな惨状になる前に自ら赴こうと颯は心に書き留める。 一度研究室に戻って、スマホがないことに気が付いた。大学には持ってきたはずで、つまりは大神の部屋に忘れてきたに違いない。 せっかくここまで来たのにと悪態をつきながら、颯は今来たばかりの道を引き返した。すっかり日は暮れ、心地よい風が頬を撫でていく。 研究室には電気が点いていた。扉へかけた手がふと止まる。扉に嵌め込まれたガラス窓から大神の他にもう一人、先客の姿が見えた。 学部のゼミ生だろうかと覗き込む。時々こちらに相談に来る学生がいるのだが、どうやら雰囲気が違う。若そうだが、大神と二、三歳差といったところか。 大体、ゼミ生相手であの表情はしないだろう。 膝を突き合わせた二人は楽しげに談笑し、大神は珍しいほどの笑顔を浮かべていた。颯の内に、かっと黒い情動が沸き上がる。 大神がこちらを振り返るのが視界の端を掠めるより先に、颯は踵を返した。
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