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弾んだ声に、颯は身体を起こした。目の前のカウンター内で、マスターが青年の両肩に手を置いて引き寄せる。
「新人の奏護君よ。可愛いでしょ」
大学生だろうか。高身長で、黒い髪は短髪、真面目そうな顔をした青年だった。やせ型というほどではないが、体型は颯と似たり寄ったりで、あまりゲイっぽくない。
「異性愛者みたいだな」
「それ、颯くんに言えたセリフじゃないわよぉ」
素早くマスターに突っ込まれた。
確かに――と颯は半分納得して頷く。だがそもそも颯はゲイと自覚しているわけではない。
単に男とも女とも寝れるというだけだ。
元から、恋愛感情には疎いほうだった。交際経験がないわけではないが、いつも長くは続かない。男とも女とも。
毎回、相手から告白され、大体いつも薄情だという理由で振られる。しかも振られて傷ついたこともない――それに対して自分がそれほど薄情なのかと悲しくなることはあったが。
特定の個人に関心を持ち、しかもこちらからアタックするのは大神が初めてだった。その初めての相手が、今まで付き合ったこともないようなタイプ。
まさか自分でも、こんなに執着するとは思いもよらなかった。
「あの人は基本コミュ障で、他人となんて話せないんだよ」
「……好きな人に対する評価とは思えないわね」
ガンとグラスを机へ叩きつけるように置いて捲し立てる。すでに酔っぱらっている自覚はあったが、一度饒舌になった口は止められない。
「俺がいないと会話すらままならないのに。授業は淡々として聞き取りにくいし、初対面の相手にはほとんど無口だし」
「貶してるの?」
手元のグラスを弄ぶ。透き通るような琥珀色を、まるでそこに大神がいるかのように見つめた。
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