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研究室に怒号が飛ぶ。 いや、怒号は言い過ぎか。 何しろ彼は罵詈雑言は湧き水のごとく溢れてくるが、声が大きいわけではない。くどくどと嫌味を言われている感じだ。 (はやて)は彼の小言を聞き流しながら、目の前の男をじっくりと観察していた。 理工学部遺伝学専攻の大神(おおがみ)は颯が所属する研究室の准教授だ。 背は高いが、痩身で、黒い髪を無造作に伸ばしっぱなしにしている。黒縁眼鏡をかけた目の上にも前髪が垂れていて、颯は払ってやりたくてうずうずする両手を背中で組んだ。いつでも着ている白衣は薄汚れ、あちこちに皺が寄り、あまり清潔感はない。 まだ三十代後半のはずで学内では若いほうだが、こんな(なり)ということもあり彼のファンは実に少ない。 「ったくこんな基礎的なこともできないなんて修士からやり直したらどうだ? 俺が今まで何教えてやってきたと思ってんだ。明日までに訂正しろ」 「はい。先生好きです」
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