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「起こしてしまいましたか」
覚醒しきっていない頭で声の主を見やる。アグラだ。リーダーになる前から面識はあったが、今日はどうにも恭しい態度である。彼は、何枚かの書類を手に、右へ左へと視線を動かしていた。
「やぁ、久しぶり――仕事でも、手伝いに来てくれたのかな」
「そんなつもりはないんですけどね」
ちょっと手が空いたもので、と右手の人差し指と親指をすり寄せる。
「金か?」
「違います、わからないんですか」
「女か、つまらないな」
「興味が薄いですねえ」
正直なところ、最近は人間の三大欲求のうち、睡眠欲以外が欠落しつつあるように思えていた。食欲はまだ空腹を感じれば食べる、くらいには残っているが、完全に欠如するのも時間の問題だろう。早死にする兆候であると勝手に考えている。
「……そういえば、君の後任は?」
「まだ特には。まあ、あんまり焦っても仕方ないでしょう」
「人は気づいたら死ぬよ」
「……早めに探しておきます」
「それでいい」
そうして私は寝返りを打とうとする。アグラと反対の方を向くと、彼は呆れ返ったように溜め息をついた。
「仕事しないんですか」
「これがまったく、笑えるほどやる気が出ない」
そう言って、実際に笑ってみせる。
「傍目からでも暇そうに見えますが」
「割とそうでもないんだよ」
「ネグドの手伝いでもしに行けばいいでしょうに。案山子、六体ほど増えるそうですよ」
「いやぁ、アレは墓荒らししてるみたいで気が引ける。それに、私だってやることがあるさ」
「例えば、どんなことが?」
「例えば――」
そこで私は口を開いたまま固まってしまう。
「――例えば、なんです?」
何も言わないままの私を心配してか、アグラはそう尋ねた。
旧友との夢を見たのだ――ここ最近、ずっと。だからといって、それをありのまま伝えれば女々しい奴だと思われるだろうか。
結局、私は何も言い返せないままに黙ってしまった。アグラは不機嫌になったのかと思ったのか、小さく謝罪の言葉を口にした。
「……いや、気にしないでいい。君のせいじゃない」
「そう、ですか?」
体質――あるいは病質だっただろうか。暁闇街には流れ着いた浮浪者に混じってそういった人間もいると聞いている。だが、実のところ彼ら彼女らがどういった経緯でここに辿り着くのかは知らない。正直なところ、考えたくもない――なんとなく、検討はついているのだが。
しかし、恐らく私は彼らと同類だ。
アグラは一枚の書類を取り上げ、はぁ? と不可解そうな声を上げた。
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