幽明

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幽明

**********  味気のない毎日を見下ろしながら、飾り気のない部屋を見回した。まっさらな床、ソファと、机と、その上に置かれた書類たち。それ以外には小さな棚があるだけである。代々リーダーが使う部屋と言われてはいたが、それにしては他の部屋よりも簡素なものであった。 「私のようだ」  呟いた言葉に部下が何やら反応したが、何でもないのだと言ってから、部屋の中心に置かれたソファにどかりと腰を下ろした。意外というべきだろうか、上質な品であるらしく、尻が深く沈んだ。悪い気はしない。  部下に部屋を出て行かせ、背もたれに全体重を乗せてみる。部屋が殺風景なのを除けば、充分満足であった――否、元々ここまでの待遇など期待してもいなかったのだが。  折角手に入った地位だ。失うにしても特に未練などはないが、享受した身であるならば、最大限に楽しもうと思った。家具だとか小物といった必要なものは後々揃えていけばいい。明星街ならば、すぐに手に入るだろう。  二十年目、だろうか。  私は指を折ってその歳月を数えてみたが、大体それくらいだろう。私も随分と歳をとったものだ。天井を何ともなしに眺めながら、あれこれと意味もない過去を思い返していた。窃盗、ブローカー、食糧調達――昔とさして変わりはしない。むしろ、常に銃剣を構えて周囲を警戒する毎日よりは数段マシであった。  窓を叩く音がする。雨が降ってきたらしい――雨粒はすぐに窓にへばりつき、下界の人工的な光を歪ませた。  何をすればいいのだろうか。  いや、実際には机の上に山積みにされた書類を処理していかなければならないのだろうが、そういう意味ではない。  前リーダーの仕事などは特に気にも留めてなかった、というよりもそもそも私は彼と一切の付き合いはなかったのだが、それがどうして、三代目リーダーに私が選ばれたのだろう。  何か裏があるのではないか、そう疑ってはみたが、今更どうにかなるわけでもない、ドゥーショの決定は鴻業城全体のルールだ。これが嘘であれ本当であれ、リーダーに据え付けられた私自身が、今はこの街の支配者だ。  ――けれども、だ。  私は目を閉じて、あれこれと逡巡する。リェン=ドゥーショのリーダーとは、具体的に何をすればいいのだろうか。明確な仕事はないように思えるが、あるとすれば他組織との会議などだろうか。マニュアル帳のようなものが都合よく残されているわけでもない。ドゥーショ自体、上の命令は絶対――ということは、私の独裁でも構わないということか。  流石にそんなことはないだろう。リーダーといえど三代目。鴻業城の基盤は既にある程度固まってはいるが、それでも完全とは言えない。この場所に思い入れがあるというわけではないが、ドゥーショが滅んだ際に行くアテがない以上、身勝手に潰すわけにもいかない。 「投げ出して隠居したいものだな」  呟きつつ、頭の中で整理する。  麻薬、売春、人身売買、武器密輸、三合会との拮抗もあっただろうか。恐らく裏取引ルートの保安、国際組織との取引、各国要人からの依頼。カルテルとの陣取り合戦もあるだろう――恐らくは大規模の。あとは、と考えて、苦虫を噛み潰す思いになった。――傭兵業。  戦場にはあまりいい思い出がない。  かといって既にビジネスの一つとして確立している以上、少なくともいきなり打ち止めにすることもできない。無論、私の勅令と言えば別なのかもしれないが。  裏カジノの収益が高くなったとは聞いている。更に利益を伸ばすには国家レベルの情報でも取り扱うしかないだろう。あるいは、敏腕の殺し屋のサービス券――本人がそれを承諾するかが怪しいところだが。 「……考えることが沢山だ」  机の上に置かれた書類の山々を見れば、余計に気が滅入ってくる。いつかは処理しなければならないのは分かっているものの、手をつける気にはなれない。  就任一日目から失踪してやろうか。  そんなことを頭の片隅で思いながら、馬鹿正直に何から手をつけるべきか、と考え始めた。 **********
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