6人が本棚に入れています
本棚に追加
「申し訳ありません」
それが何を指しているのか、私には判別がつかなかった。私が何も言えないままでいると、彼は少し物憂げな雰囲気を纏いながら、言葉を続けた。あくまでも私の機嫌を損ねないようにという配慮が、僅かではあるが見え隠れしていた。
「敵とはいえ、祖国がリーダーの国を――」
「ああ、いや」
私は手を振った。
「誤解しないでほしい。私は君たちを恨んじゃいないさ。私だって君たちを殺した、その理屈で言えば君たちも私を恨む権利がある」
割り切れているかは別かもしれないが――と心の中で付け加える。代わりに、君はどうだい、と私は無言でシイナに尋ねた。彼はにわかに考えて、分かりませんと答えた。
「でも、私も恨まれるようなことをした……と思っています」
「お互い様、ってことか」
「では……」
少し明るくなったシイナに、私は安堵感のような、妙な感情を抱いていた。しかし、心の奥底で揺れているその感情も、なんとなくではあるが感じていた。
「……どうやら私は小さい男のようだ」
外から銃声が聞こえてきた。連続で五つ。他組織との小競り合いだろうか。大して珍しくもない。一般人らしい人々は一様に驚いた表情をしたが、私たちの様子を見てか、すぐに自然体に戻る。
「銃は脅すためにあるのかねぇ」
「さァ、私にはなんとも」
「戦争を経験した身としては、否定的な立場にいたいものだがね」
などと話している間に、シイナの注文した料理が運ばれてくる。
「すみません、冷めちゃいましたね」
シイナが横目で私の料理を見る。肉の塊は四分の一ほど残っている。私はそれにフォークを突き立て、乱雑に口に入れた。それから咀嚼して、噛み千切れないまま水を含む。飲み込めず、さらに流し込もうとする。
「無理してはいけませんよ」と、シイナ。「抗争じゃなくて、肉を詰まらせて死んだなんて目も当てられません」
やっとのことで口腔内のものを嚥下し、一息つく。
「注意するよ」
「本当に、そうしてください」
店の扉が開く。新たに男が一人入ってくる。
「奥へどうぞ」
店主に言われるままに奥へ行く。
「そうなってほしい、の間違いじゃないのか」
「まさか。私はリーダーの指示に従う、かつ明星街でそれなりに平和に暮らせたら――それでいいんですよ」
「どうだい、リーダーに直接進言してみることはないかな」
「いやぁ、特には」
一拍置いて、彼は続ける。
「今が一番、居心地がいいですしね」
「そうかね、つまらないな」
「それはそうとして、リーダー」
男が私の後ろを通り過ぎて――シイナが立ち上がり、私の皿に乗っていたナイフを掴んだ。そうして、私の後ろに投げる。肉を裂く音。呻き声。他の客から悲鳴が上がった。ごとり、と重たいものの落ちる音。それを足で手繰り寄せて手に取る。マカロフPM、ソ連の銃だ。
「――油断しすぎですよ」
「いやいや、そんなことはないさ」
呻く男を一瞥する。首にナイフが深々と刺さっている。致命傷だろう、どうせ死ぬなら、後で解体してもらって、使えそうなところだけ使うか――そういえばネグドが脳味噌や目玉やらを欲しがっていたはずだ。何に使うかは知りたくもないが。
「ドゥーショのリーダーになるってことは、こういうことなんですよ」
「どうにも、私には自覚が足りないらしい」
「大いにそう思います」
本当に気をつけてほしいものです――と続けて、既に動かなくなった男を見下ろした。一般の客を一瞥して、ここに置いておいたままだと店の雰囲気が悪い、と思う。
「善処するよ」
「コイツは私が運んでおきます」
「そうか、助かるな」
そう言ってコップに入っていた残りの水を飲み干し、シイナの分の金を置いて席を立つ。「リーダー」「例の売上の方、期待してるよ」そのまま、何か言われる前に店を出て行った。
――なんだか、かなり重い食事だったな。
ふと裏通りの方を見れば、五人ほどスーツの男たちが倒れているのが見える。先ほどの銃声はこれだろうか。青年がスプレー缶を振っている。恐らく、ドゥーショへの連絡だろう。
向こうが気づかないようなので、私は素通りして、屋台に売っている菓子を少し買い込みながら本部の方へ歩いていった。
* * *
最初のコメントを投稿しよう!