虎徹の恋心と証拠品

1/1
前へ
/3ページ
次へ

虎徹の恋心と証拠品

「こんばんわ、虎徹さん」  小夜の穏やかで優しい声に、藤堂虎徹はつい頬を緩める。クラブ「ブルームーン」で小夜に出会い、通い始めて2ヵ月弱経つ。虎徹は小夜と会うたびに気持ちは募るばかりだった。  客としての関係ではないものにしたい。  虎徹は今回もブランド物の小さな紙袋を持ってきていた。だが小夜の胸元に、虎徹が用意したものと同じシルバーのネックレスが飾られていると気付いた時、「そのネックレス」とつい口にしてしまった。小夜は、少し照れくさそうに呟く。 「その、龍也さんから頂いたんです」 「なっ⁉ 龍也が⁉ あんのやろぉ……」  俺より先に抜け駆けしやがったな! くそっ! 「虎徹さん?」  小夜の心配げな優しい声。スッと小夜が虎徹に体を寄せた。鼻をくすぐる甘い香りに、20代の柔肌が心地よく触れる。虎徹の険しい表情は一瞬にして晴やかになった。一回りも違う小夜に無邪気な笑顔を向ける。  小夜は嬉し気な様子で、虎徹の右手に触れた。虎徹の鼓動が大きくなる。 「さ、小夜ちゃん?」 「虎徹さん、この手にあるものが気になります」  小夜はまるで少女のような笑みを浮かべる。虎徹は苦笑まじりに、右手にあるブランド物の小さな紙袋から、黒い箱を取り出した。それを小夜の近くに持ってくる。 「龍也に出遅れちまったが、そのこれ」  虎徹が黒い箱を開ける。中には小夜が胸元に付けている、同じシルバーのネックレスがあった。 「わあ! 虎徹さん、私のために? だから前にお店に来てくれた時、私の欲しい物を聞いてくれたんですね」  小夜は、イタズラな笑みを虎徹に見せる。 「まあな。でも、龍也に先を越されたんじゃ、今さらプレゼントしても意味ないよな」  虎徹が黒い箱を閉じ、紙袋にしまおうとした時だった。小夜の両手が虎徹の右手を包み込む。柔らかく温かい感触。虎徹の心が弾む。 「虎徹さん、そんなことないですよ。そのまま、プレゼントされない方が、私つらいです」 「小夜ちゃん……」 「虎徹さんが私のためにしてくれたことが嬉しいんです。だから、ねっ? 虎徹さん」  小夜のどこかすがるような甘い声音に、虎徹は用意していたプレゼントを小夜に手渡した。 「ありがとうございます。虎徹さん」    小夜の屈託のない満足げな笑顔。こういう欲張りな面もあるのも可愛いな。虎徹はそんな事を思いながら、少しおどけた声で話す。 「俺のプレゼントさ、質屋とかで換金しないでくれよ。その同じ物が2つあるからってさ」  まあ、ほんとに換金所に持っていかれたらやばい品だしな。 「ふふっ、そんなことしません。大事な証拠品ですから……」  小夜が急に大人びた、少し冷たさを感じる声音でつぶやいた。 「ん? 小夜ちゃん、今なんて?」 「ふふっ、何でも無いですよ~。こ・て・つ・さん」  小夜はそう楽しそうに言葉に発し、テーブルに置いてあるワイングラスを手に取った。虎徹も楽し気な様子でグラスを手に取る。小気味いい甲高い音が店内に鳴り響いた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加