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虎徹の恋心と証拠品
「こんばんわ、虎徹さん」
小夜の穏やかで優しい声に、藤堂虎徹はつい頬を緩める。クラブ「ブルームーン」で小夜に出会い、通い始めて2ヵ月弱経つ。虎徹は小夜と会うたびに気持ちは募るばかりだった。
客としての関係ではないものにしたい。
虎徹は今回もブランド物の小さな紙袋を持ってきていた。だが小夜の胸元に、虎徹が用意したものと同じシルバーのネックレスが飾られていると気付いた時、「そのネックレス」とつい口にしてしまった。小夜は、少し照れくさそうに呟く。
「その、龍也さんから頂いたんです」
「なっ⁉ 龍也が⁉ あんのやろぉ……」
俺より先に抜け駆けしやがったな! くそっ!
「虎徹さん?」
小夜の心配げな優しい声。スッと小夜が虎徹に体を寄せた。鼻をくすぐる甘い香りに、20代の柔肌が心地よく触れる。虎徹の険しい表情は一瞬にして晴やかになった。一回りも違う小夜に無邪気な笑顔を向ける。
小夜は嬉し気な様子で、虎徹の右手に触れた。虎徹の鼓動が大きくなる。
「さ、小夜ちゃん?」
「虎徹さん、この手にあるものが気になります」
小夜はまるで少女のような笑みを浮かべる。虎徹は苦笑まじりに、右手にあるブランド物の小さな紙袋から、黒い箱を取り出した。それを小夜の近くに持ってくる。
「龍也に出遅れちまったが、そのこれ」
虎徹が黒い箱を開ける。中には小夜が胸元に付けている、同じシルバーのネックレスがあった。
「わあ! 虎徹さん、私のために? だから前にお店に来てくれた時、私の欲しい物を聞いてくれたんですね」
小夜は、イタズラな笑みを虎徹に見せる。
「まあな。でも、龍也に先を越されたんじゃ、今さらプレゼントしても意味ないよな」
虎徹が黒い箱を閉じ、紙袋にしまおうとした時だった。小夜の両手が虎徹の右手を包み込む。柔らかく温かい感触。虎徹の心が弾む。
「虎徹さん、そんなことないですよ。そのまま、プレゼントされない方が、私つらいです」
「小夜ちゃん……」
「虎徹さんが私のためにしてくれたことが嬉しいんです。だから、ねっ? 虎徹さん」
小夜のどこかすがるような甘い声音に、虎徹は用意していたプレゼントを小夜に手渡した。
「ありがとうございます。虎徹さん」
小夜の屈託のない満足げな笑顔。こういう欲張りな面もあるのも可愛いな。虎徹はそんな事を思いながら、少しおどけた声で話す。
「俺のプレゼントさ、質屋とかで換金しないでくれよ。その同じ物が2つあるからってさ」
まあ、ほんとに換金所に持っていかれたらやばい品だしな。
「ふふっ、そんなことしません。大事な証拠品ですから……」
小夜が急に大人びた、少し冷たさを感じる声音でつぶやいた。
「ん? 小夜ちゃん、今なんて?」
「ふふっ、何でも無いですよ~。こ・て・つ・さん」
小夜はそう楽しそうに言葉に発し、テーブルに置いてあるワイングラスを手に取った。虎徹も楽し気な様子でグラスを手に取る。小気味いい甲高い音が店内に鳴り響いた。
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