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5人目、バス運転手
4人は、いつものバス停で、いつものバスを待っていた。しかし、バスが来ない。
「…なんだか、バス遅れてますねえ」
大学生が声に出した。
「もう28分だわ」
真由美は腕時計で確認した。
中々こないフェリーターミナル行きバスに、バス停の4人はいらいらしてきた。
「…遅れてくることはしょっちゅうよね」
婆さんが悟ったように言うが、内心はこれだからバスはもう、と怒りが沸いていた。
早く、早く来ないと
「会社に遅れちゃう」
「練習が始まってしまう」
「病院の若い順番札がもらえない」
「チャンスを失う」
霧が周囲をいつの間にか包んでいた。
「…あ、来た、来ましたよ!」
緑色のいつものバスが、やっとバス停でプシューと音を立てて止まり、ガタタンと乗降口のドアが開いた。既にいた乗客は15人くらいだろうか。皆急いで乗り込む。
婆さんは、いつものように、
「あんた、あっち空いてる。あんたはこっち」
と指示に余念がない。
ふう、と席に着いて篠田真由美は、あら?と思った。あの中年サラリーマンが、初めて婆さんの指示に従って前の席に座ったのだ。
…あれ、でも、前にも座っているの見たような…既視感がある気がした。しかも、つい最近。
ま、いっか。きっと気のせい。
いつもと少し違うだけ。
霧でよく見えなかったが、もうすぐトンネル前の大穴のはず…真由美は腕時計を見た。
8時28分
あらやだ、止まってる!壊れたのかしら?
その時、バスはキキー!と停車した。
運転手が運転席を後ろ手に何か持って乗客達の中央に出て来た。
「皆さん、付きました。ターミナルです」
婆さんが文句をつけた。
「何を言ってるの、終点まで行かないわよ、病院前で降りるんだから」
運転手は、聞こえているのかいないのか、にこにこして言った。
「ターミナル(終着)に着きましたよ」
真由美は、はっとした。
……これは、この運転手は…
「続く同じような日に、皆さん少しうんざりしてたんでしょう?大丈夫です。ずーっと同じく続くなんてね…」
運転手は、後ろ手に持っていた大鎌を振りかざした。
全員気がついた。
…そう言えば、確かに8時15分にバスがいつものようにきて、私達は乗ったはず…
…じゃあ、この運転手は…
「ずーっと永遠に日常なんてね、皆さんには用意されてないんですから。良かったですね」
……死神…
と思った時、大鎌は全員の前で振り下ろされた…
真由美の母親は、ふう、とため息をつくと、飲んでいたお茶を置いていつものように掃除機をかけだした。
テレビをつけたまま。
掃除機の音がうるさくて、母親はニュース速報なんか見ても聞いてもいなかった。
「繰り返します。今日午前8時30分頃A市C町の幌岡トンネル付近で、北バスフェリーターミナル行きが運転操作を誤り、トンネルに激突、炎上し、多数の死傷者が出ている模様…」
でもこれも、日常。
これすら、私達人間の、毎日どこかである出来事。
小さな日常が途切れる、それも日常。
終わり
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