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 四時限目のチャイムが鳴ると、皆一斉に歓喜に満ち溢れた表情へと変わった。次の時間は待ちに待った昼食タイムだ。  仲の良いグループは机同士をくっつけて向かい合わせになりながら昼食をとる形が多く、俺とカズキもそうしながら弁当を食べていた時、カズキが思い出したかのように訊ねてきた。  「そうだ。昨日のサドンちゃんの配信は見たか?」  彼は、最近流行りの『YouTube』の中で大がつく程の『Vtuber』好きである。  「誰?」  「いやいや前に話したじゃん、覚えてないのかよ」  「前っていつだ?」  「はぁ………」  カズキは肩を落とし、呆れた顔で首を横に振った。  「やっぱトオルもその程度だったって事なんだな。非常に残念だよ」  「何だよ突然」  以前、カズキからVtuberの良さや配信内容の話をたくさん聞かされたが、その中からいきなり名前を出されても直ぐにわかるわけがない。それもそのはず、俺はVtuberの配信を見ていないからだ。  「全くしょうがないなあ。また話してやるからちゃんと覚えておくんだぞ」  「いや別にいいよ」  「そのサドンちゃんはヤムグループの二期生で」  「おい、俺は別に」  「魔女って呼ばれる程魔性な女の子なんだけどさ」  「おーい」  「その割に優しいし、時折ポンコツな部分もあるけどそこがめちゃくちゃ可愛いくて」  「おい、カズキ」  聞く耳を持たないこいつの脳天目掛けてチョップを繰り出した。  「いって、お前何すんだよ」  「俺は別に話さなくていいと言ってるんだ」  「何でよ、いいじゃん。お前も見れば絶対ハマるから」  「だから別に興味ないって。俺の顔見ればわかるだろ」  カズキは目を凝らして俺の顔を見てきたが、こいつに見つめられると思うと嫌悪感を覚えて、言わなければよかったと今更後悔し始めた。  「………すっげえ興味ない顔しやがって」  わかってくれて何より。ってかそこまで顔に出てたか。やっぱり俺って顔に出やすいタイプなんだな………。  先日レオと一緒にらーめんを食べに行った時も、彼女が俺の顔を見て様子がおかしいと言っていた。  あの時も顔に出てたし、次からはマジで気を付けよう。  「あーあ、つまんねえなあ」  カズキは不貞腐れて頬杖をついた。  「諦めてくれたか。まあ、そうつんけんするなよ」  「だってよ、毎回俺だけが盛り上がってんだぜ。流石にわかるよ。しかも一人だけ浮いてるように見えるから恥ずかしくてしょうがねえよ」  「確かにそうだな」  「誰か身近に興味持ってくれる奴いないかなあ………」  これでようやくカズキからその話題を聞かなくなると思うと内心ホッとした。でなければ時間が許す限り延々と話を聞く事になるし、こちらとしても身が持たなくなる。  「ノリ悪くてごめんな」  俺は弁当の残りカスを口に頬張り、次いでお茶が入ったペットボトルを口に含んで喉の奥へと流し込んだ。  「ホントだよ。人が折角あれこれ教えてやってんのに………。まあそれは置いといて。トオル、お前最近彼女出来たんだってな」  生憎(あいにく)飲みかけたお茶を吹き出しそうになった。またこいつが唐突に変な事を言うもんだから、別の器官にもお茶が入ってむせてしまった。  「おいどうしたよ、大丈夫か?」  見るとカズキはケラケラと笑っていた。  こいつ急に何を言い出すかと思ったら………。  「おやおや何をそんなに動揺してるんだい」  まともに返事が出来ないからって煽りやがって。くそっ、腹立つな。  今一度息を整えた。  「どうだ、落ち着いたか?」  「………ああ」  「で、彼女」  「いねーよっ!」  「おー、こわっ」  カズキのへらへら顔と開いた口から黄ばんだ歯を見たら、不快感と同時に頭に血が上って鬼のような形相で奴を睨み付けた。  「ごめんって、冗談だからそう怒るなよ」  「別に怒ってないよ」  「いやめちゃめちゃ怒ってるよ顔が」  またそれか。どうしても顔に出るな。ホントどうにかして直せないものなのかね。  「でもさ聞いてくれよ。この前トオルが女の子と一緒に歩いてる所を見かけたよって俺に話してくれた人がいたんだよ。あれ嘘だったのかなぁ」  「マジで!?」  不覚にも驚いてしまった。  レオと一緒に下校した時か?  いやそれともらーめんを食べた後の帰り道?  待て待て。確かにあの辺はよく学生が通るけど、その時間帯そいつらを見かけた記憶がない………。いや、俺が見落としていただけか。そもそもあの時はレオに夢中で………。  この時カズキが不適な笑みを浮かべていた事に気付き、奴からカマをかけられていたと理解した。  「おや、なんか今考え込んでるな。そう言えばあの時あったなあって感じだろ。じゃあ嘘じゃないっぽいね」  「………いや、今のは急にそんな事を言い出すもんだから記憶を辿っていただけ。俺の記憶にないから別人だろ」  「ホントかなあ」  カズキはニヤニヤしながら俺の顔覗いてくる。その顔は殺意が芽生え、思いっきりぶん殴ってやりたかった。  こいつめ。もし今度お前が女の子と歩いてたら必ず仕返ししてやるからな。覚えとけよ。  カズキにまたしても主導権を握られ、こいつに誤魔化しは通用しなさそうだと、諦めて正直に話す決意をした。  「………ったくわかったよ。話すからその気持ち悪い顔をするな」  「おい、誹謗中傷だぞ。今だったら訴えられて裁判になるからな」  「うるさいうるさい。えーっとまずはこの前な、腹が減ってたかららーめん食いに行こうと思ったんだよ」  「おう」  「そしたらそこに川島レオがやって来て、それで一緒にらーめんを食べに行く事になった」  「待てお前、どういう流れでそうなったんだよ。ってかあの川島さんとお前、羨ましいなあ、おいおい」  ものすごく反応がいい。やはりレオは男子にとてつもない人気を誇っているようだ。  「『あの』ってどういう事?」  「ああ、あれだよ。野郎達が『あの子超可愛い』とか、『超綺麗』とか騒いでるんだよ」  「へー」  でしょうね。そりゃ整った顔立ちと透明感のある美肌だし、皆釘付けにもなるよ。もはや男子だけじゃなくて、女子にも人気が高いと誰かさんが言ってたような。  「でもトオル、お前あれだぞ。我こそはと川島さんを狙っている人だっているからな。奪われるんじゃないぞ」  「言っておくけど付き合ってないからな。ただの友達」  「そんな隠すなって。ってかどこで仲良くなったの? きっかけは? LINEとか聞いた?」  「一遍に聞くな。きっかけは………」  桜広場に春らしい格好をしたレオが一人歩いていた。とても可憐な彼女は空を見上げ、桜並木から散っていく桜の花びらを悠々と眺めていた。すると突如として桜吹雪が巻き起こった。しかし彼女は冷静で、頭上に乗っかった花を一枚そっと片手で掴み、そして微笑んだ。衝撃が走ったのはその時だった。容姿端麗の彼女から見られた笑顔は、まるで天女だと思えたのだ。  「もしもーし、トオルー、おーい」  あそこまで美しい女性は生まれて初めて見た。  「おーい」  我に返ると、カズキが目の前で手を振っていた。  「急に黙ったかと思ったら何だよ。また何か変な事でも考えて」  「なんでもない」  俺は食べ終わった弁当箱に蓋をし、風呂敷に包み、そしてカバンに仕舞った後席を立った。  「おい、どこ行くんだ? 話の続きは?」  「気が向いた時にでも話すよ」  そう言って俺はカズキから逃げるようにして教室を出て行った。
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