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『Tohru』 ―――――4月上旬。春の季節が訪れた。 地方では桜シーズン真っ只中、テレビ番組のニュースはどこも花見で賑わっている姿の人達を流していた。 「この日を待ちわびていました」 「毎年、ここで花見してまーす」 「酒が進むよね。花見最高!」 などと毎年同じようなくだりの放送を流すばかりだった。 桜は確かに綺麗だ。俺も桜は好きだし、特に風が吹いた時に起こる桜吹雪なんかは絶景とも言える。美しい桜に癒される事間違いないのだが、ただちょっと気がかりなのは宴会後に散乱しているゴミだ。 花見は咲いた花を見に来るだけでいいのに、大勢で集まっては酒缶や食べ残し等を散らかして帰る奴らもいる。 毎年桜の木の周辺はいつもゴミが散らかり放題、それを後始末してくれるボランティア団体の人達も大変だ。 とかいう俺もその一員で、折角の綺麗な桜が散らかしたゴミのせいで台無しだと気付き、毎年『桜を集う会』というゴミ回収のボランティア団体に参加していた。 「ったく何も考えないで花見しやがってこのクズ野郎共、お前らの方がゴミだ………」 と滅多に暴言を吐かない俺でもこの有様には腹が立ち、ゴミを収集している際に小声で暴言を吐く程だった。 もっとマナーを守ってほしい、次に桜を見に来る人達の事も考えてほしい。 そう思いを込めているが、ただ思っているだけで何も行動に移らない自分もまた情けない人間だ。 翌日。辻堂駅から徒歩五分の所にある『さくら広場』にて、俺と『ショウ』は肩を並べながら桜並木の道を歩いていた。 「―――って思ってるんだけどさ、共感してくれる?」 「は?」 何言ってんだこいつ、みたいな顔をショウにされた。 昨日流れてたニュースを見ていた際、自分が思っていた事をそっくりそのまま話しただけでそんな顔されるとは、もう少し興味を持ってくれてもいいじゃないかとちょっとだけショックを受けた。 なんか心外だなあ………。 ここまで一緒に歩いてきて文句の一つも言わなかった奴が、ここへきて怪訝な顔をされてはこちらとしても気分が悪くなる。 折角花見しに来たのに萎えるわあ。まあ、ついて来てくれただけでも良しとするか。 実は折角だからといつものメンツも誘ったのだが、都合が悪いからと断られてしまい、結局こいつしか予定が空いていなかった。仕方なく二人っきりで花見をする事になったが、野郎二人だけの花見は少し恥ずかしくもあった。 全く他の連中ときたら連れないよなあ………。 それともう一つ、今の花見問題をどうするか一人でも多くの意見を聞いておきたいがために、『花見をしよう』という口実を作った。 「………で、実際どう思う? こっちが質問してるんだから何か言ってくれ。さあ早く、答えを聞こうか」 桜の花びらがひらひらと地面に落ちるくらいの時間は待ったはずだ。しかし返ってきた返事は、 「知るかそんなもん」 であった。予想通りの答えに心の準備をしていてよかったと、しかもこいつらしい答えでちょっと安心もした。これでもし『花見撲滅運動でもしよう』とか言い出したらどん引きする。 「急に何を言いだすかと思えば何だよそれ。いつからお前は桜を守る会に入ったんだ?」 「いや………、入ってねーし。ってかそんな会あるのか?」 「だから俺に聞かれても知らねぇーよっ! わざわざそれを話すためだけにここまで歩かせたのか? 『花見しよーぜっ』ていうから誘いに乗ったのによ。俺を騙しやがって」 「………ああ、そうだよ」 「呆れた」 ため息を吐かれた。ショウには『桜を集う会』に参加している事を黙っている。別に自分から話してもよかったが、恥ずかしくて言えないのだ。シャイな男なのだよ俺は。 「お前さ、人が興味ねえって言ってんのにどんどん話進めようとする奴は嫌いなもんを無理やり食わせようとしてる奴と一緒だからな」 「ああ、わかってるよ。悪かったって」 「ったく、他をあたれ。カズキやタクヤにでも聞けばいいだろ。もう一度聞くが、本当にそれだけのために俺を誘ったのか?」 狐目になりながら俺を睨んだ。 「ジョーダンだよ、そんな怒んないでくれ。暇潰しに花見でもしようと思ってたのは本当だけどさ、ついでに今話した事も皆はどう思ってるのかなあって聞きたくて」 「はあ………」 またため息を吐かれた。 「彼女でも作れよ」 「いやお前もだろ! ってか今その話関係ないじゃん!」 虚を突かれて思わず声を上げた。他人からすればつまらない会話に聞こえるが、俺にとってはこの他愛のない会話が割と好きで、いつもこういうくだらない話をして盛り上がったりもする。 自宅から歩き続けてくたくた足を休めるべく、桜の木の側にあったベンチに腰を下ろした。お互い桜の木を見上げたまま口を閉ざしている。 心が落ち着くな。なんで桜を見てるだけでこんなに和むんだろう? ふと疑問に思ってこれをボーッとしながら上を見上げているショウに訊ねようとしたが、また不機嫌になるのではないかと察して、さりげなく呟くように口を開いた。 「いやあ、やっぱ桜綺麗だなあ。見てるだけで心が和むし、やっぱ春はいいよなあ。なんでこんなに落ち着くんだろう………」 しかしショウは黙り込んだままだった。下手な芝居は打つもんじゃないなと、こいつのおかげで改めて再認識出来た。
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