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 もしかしたら彼女は俺をからかっているかもしれない。という考えすらも頭に浮かばず、ただ幸せと喜びだけが俺を包み込んでいた。  「俺はレオの事知ってたよ。廊下ですれ違ったもん」  忘れかけてた頃にショウが間に入ってきた。しかし思い当たる節がない彼女は首を傾げ、それでも必死に思い出そうと眉間に皺を寄せて考える素振りをしていた。  やはりその仕草も愛おしく、ずっと眺めていたいという自分がここにいる。  「………確か二人一緒に歩いていたのを何度か見かけたね。そう言えばショウくんって野球部だったよね?」  「そうそう、俺外野守ってます」  「へー、すごいね。レギュラーなの?」  「いや、具体的に言うとまだ補欠要因かな。監督に、『お前はまだレギュラーは早い』とか言われちゃったし………」  「そうなんだ」  「でもいつかレギュラーを勝ち取って試合に貢献してみせる! っていう目標はある」  「いいね。目標があるっていうのはいい事だよ。ショウくんなら絶対なれる、頑張ってね」  「お、おう。ありがとう」  彼女の応援に、最後はたじたじになりながらも喜びを存分に嚙みしめているのがこちらにも伝わった。今のこいつなら、彼女が何を言っても喜んでくれそうだ。  「トオルくんは何か部活とかやってるんだっけ?」  「えっ、いや俺は」  「こいつは帰宅部だよ」  今言おうと思ってたのにこいつ。  「そうなんだ。私も同じ帰宅部だよ」  『同じ(・・)帰宅部だよ』、と言われて一瞬でも胸の鼓動が早まったのは確かだ。期待が膨れ上がったまま言葉を返そうとしていた所を、  「ねえねえ、ところでレオは一人で花見でもしに来たの?」  と横にいる邪魔者にまた先を越されてしまった。  「特に花見をしに来たわけじゃなかったんだけど、丁度ここを通りかかったら綺麗な桜が咲いてたから、友達と待ち合わせに向かうがてら桜を見ていこうかなって」  「へー、そうだったんだ」  同じ帰宅部同士で何か話のきっかけを作れそうな雰囲気だったのに、お前は直ぐに話を変えるんだな。でもまあ、これはこれで………。  「レオは桜って好き?」  邪魔者だけ得をさせないと、強引に訊ねてみた。  「うん、大好き。特にこういった桜並木とか眺めてるだけですごい癒されるし、枝から桜の花がひらひらって地面に落ちていく所とか………。そうそう、それと風が吹いた時にぶわあって桜の花びらが宙に舞う所とかもすごい幻想的で素敵なんだよね」  これは、ほとばしる純情とでも言うのだろうか。レオのその言葉に俺の心がとても激しく踊っていた。  嬉しそうに桜の話をしている彼女を見つめていると、向こうも視線に気付き、お互い見つめ合ったまま時が止まったかのように固まった。そしてどこからともなくサザンオールスターズの『TSUNAMI』が流れ始めてもおかしくなかった。  桜の花が辺りに散ってとてもいい雰囲気であるのに、横にいる邪魔者という名のショウが割って入ってきた。  「確かに桜って綺麗だよなあ。俺も好きだ」  嘘つけ。俺が話を振っても返事すらしなかったくせに。  「だよね。ここの場所も綺麗に咲いてていいよね! まさかこんな場所があったなんて今まで知らなかった。よかったあ、さっきの道を曲がらずに真っすぐ進んで。しかも丁度満開の時期だし、ホントラッキーって感じ」  彼女の一風変わった陽気な部分も見れて心が和む。  いやいや、あなたの方がすごく綺麗だよ。  と言いたくなる気持ちをぐっと抑えていた際、俺の隣にいる奴は彼女の反応に興奮したのだろう。胸に手を当てながら悶えており、これではろくに会話が出来ないと見かねた俺が代わりに訪ねてやった。  「ここは地元じゃ結構有名な場所だから訪れて正解だね。よく花見とかするの?」  「うん。家族や友達と花見をしに出掛ける時もあるよ。私ね、小さい頃初めて桜を目にした時そこで心奪われちゃって、それで時折桜の話をすると止まらなくなるの。なんか桜の木の下ってよく利用されるじゃない。告白とか、待ち合わせとか」  「確かによくある話だよね。雰囲気もいいし、何より落ち着くってのがいい」  「そうそう。だから私桜っていいなあって思うの」  「わかるよその気持ち。俺も大桜好きでさ、春になるとよくここへ来てベンチに座りながらボーッと桜眺めるのがこれまたいいんだよね」  「それでいて晴れてる日は暖かいからそのままうたた寝しちゃったりとか」  「するする。気付いたら寝ちゃってた事何回もあるよ」  「私と一緒だ。私も花見してる時気持ちよくてついうとうとして、それで気付いたら寝ちゃってるっていうね」  「あるあるだね」  「ところで話変わるんだけど、トオルくん随分とここの場所詳しいよね。地元?」  「いや茅ヶ崎出身。でも家がここから割と近い方。それで小さい頃、親と一緒にここに連れて来られてさ、そこからもう常連だね」  レオは小さく笑った。  「そうなんだ。ここから家が近くて羨ましいなあ」  「でしょ。レオはここの場所知らないって事はもしかして引っ越して来たの?」  「うん。二年前に横浜から茅ヶ崎の方に引っ越してきたの」  「横浜!? また随分と田舎の方に引っ越してきたね」  「そんな事ないよ。実はお父さんが転勤の都合で茅ヶ崎に引っ越す事になって、その時にお父さんが、『茅ヶ崎はいい所だぞ』って言ってくれたから私も安心してついてこれだんだ」  「茅ヶ崎民としてはそれは嬉しい言葉だね」  「それでね、ここの場所とか今もまだ詳しくなくて、友達の家に向かいがてら道を覚えようかなと思ってた矢先、偶然歩いてたらここに辿り着いたってわけなの」  「よかったじゃん。これでまた一つ詳しくなったね」  「うん、ホントよかった」  俺が偉そうな事を言っても彼女は喜んで応えてくれるし、それに可愛い女の子と桜の話でこんなに会話が盛り上がるなんて思いもしなかった。  今日はなんて素晴らしい日なんだ。  心からそう思えた。隣でまだ胸を抑えながら悶え苦しんでいる奴はいるが、今はそっとしておこう。  その後、俺達はしばしの会話を楽しみ、レオが時間を気にし始めて腕時計を確認した時だった。  「うそっ、もうこんな時間。友達待たせちゃうから私そろそろ行くね」  俺も腕時計を見た。  「ホントだ、もうこんな時間か。なんか時間てあっという間だなあ」  時の流れに逆らう事は出来ず、俺とショウは残念そうに肩を落とした。  「じゃーね。また学校で会おうね」  「うん、じゃーね」  「バイバーイ」  手を振りながらレオを見送っている際、ショウは彼女の背に向けて、  「ばいばい、愛しのエンジェル」  と小さく呟いた。  お前はホントに面白い奴だな。早くあいつらにも教えてあげたいよ。  嬉々としてやってきた恋の始まり。今後の展開が楽しみで仕方なく、また青春の(いち)ページとしてはとても相応しい内容だった。
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