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「ここからそのらーめん屋ちょっと遠いからバスで向かおうと思ってるんだけどいい?」
下駄箱で靴に履き替えている際に訊ねた。
「どの辺にあるの?」
「茅ヶ崎駅近く。バスだと十分くらい」
「歩いてだと?」
「徒歩だと約二十五分くらいかかったかな」
「じゃあ、歩いていこうよ」
「えっ、三十分近くかかるよ。平気?」
「何よ、舐めないでくれる。毎日家から学校まで徒歩三十分かかる距離を歩いてるんだから、それくらい平気よ」
「すげえ………」
少しでも楽をしようとバスを選択したが、あえなく失敗に終わった。
「そう言えばトオル、自転車はどうするの?」
「………今日は俺も歩きなんだ」
「そうなんだ。珍しい」
「俺だってたまには歩いて通う時もあるさ」
というのは嘘で、今日も自転車で登校してきた。今頃自転車は駐輪場で大人しく待っている事だろう。
何故俺は嘘を吐いたかというと、単純にレオと一緒に歩きたかったからだ。自転車の後ろにレオを乗せて二人乗りという手段も考えていたが、今のご時世でそのような事をすれば法に触れてしまう。
なので自転車を駐輪場に置いて、レオと歩いてらーめん屋に向かう手段をこの短時間で決断した。
一日くらい学校に停めても問題ないよな。夜は戸締りだってしてくれるし、鍵無し自転車をかっぱらう人なんぞこの学校にはいないか流石に。
「じゃ、歩いて行きますか」
「うん。どんな感じのらーめん屋なの?」
「家系ではある」
「へー、楽しみだなあ」
ウキウキとしている横顔を見て安心した。
楽しみにしていて何より。でもらーめんが気に入らなくてげんなりしたらどうしよう。まあその時は謝ってアイスでも奢ってあげるか………。
まだ不安を残したまま、俺達は約三十分の道のりを歩いて向かった。
三十分後。足がくたくたになり、帰宅部には辛い道のりだったが無事ラーメン屋に辿り着いた。しかし辛い道のりの中でも、レオと歩きながら話した時間は至福だった。
最近読書を堪能しているらしく、歴代の作家さん達の本を読んでいるらしい。それとオシャレな喫茶店を友達と巡ったり、洋服も見にいったりなど充実な日々を送っているという。
『俺とは真逆な生活スタイルだ。いいなあ、喫茶店とか行ってみたいけど、なかなか一人じゃ入りづらいしなあ』
と羨ましさを募らせる言い方をしたら、
『じゃあ、今度トオルも一緒に行こうよ』
と誘いの返しに動揺を隠し切れず、
『お、おう。いいの?
じゃ、じゃあ、今度連れてってよそこ』
恥ずかしそうに照れた所をレオにからかわれたが、お茶会を誘ってくれないかなという陽動作戦は我ながら上出来だったと自分を褒めた。
さて、早速入口のドアを開けて店内を見渡すと、そこかしこにらーめん好きであろう猛者達が麺を豪快に啜っていた。耳を塞ぎたくなる程その音は煩く、そしてらーめん屋独特の香ばしい匂いが、今腹を空かせている俺の胃袋をより刺激させた。
「いらっしゃいませーっ! お客様ご来店でーっす!」
「はーい、いらっしゃいませーっ!」
従業員のバカでかい声が店内に響いた。小心者である俺はここを訪れる度その声に何度も萎縮させられたが、今日はレオがいる事で、情けない所をみせられないと少しだけ胸を張れた。
「相変わらず人が多いな」
「空いてるかな?」
「どうだろう、テーブル席は埋まってるね」
俺とレオはカウンター席へ案内され、座ると同時に店員が直ぐに水を運んできてくれた。
丁度いいや、そのまま注文しよう。
既に頭の中でメニューは決まっており、俺はいつも『醤油ラーメン、麺かため』を頼んでいる。俺がそれを注文すると、レオも同じものを頼んだ。店員が厨房へ戻っていくのを見計らって、レオが訊いてきた。
「ここってよく来るんだよね?」
「ああ、そうだね。友達や家族とも来てたし、一人でも食べに来た事あるよ」
「へー………、それで味はどうなの?」
突然顔を近付けて小声でそう訊かれたらドキドキしないわけもなく、しかし表情はなんとか平常心を保った。
「………普通に美味いよ。麺は太めでモチモチしてるし、メニューにもよるけどスープも濃厚に見えて意外とあっさりしてる」
「そうなんだ。ならよかった」
胸を撫でおろしたのを見た所、やはりラーメンは嫌いだったかと悟った。ここへ来る途中あんなに楽しそうな顔をしていたのに、それも俺をガッカリさせないための演技だったのかもしれない。
いやそんな直ぐに決めつけるのもよくないな。でももしかして、ダイエット中か?
どっちみち申し訳ない事したな。今からでも遅くない、注文を取り消してこの店を出よう。
レオに声をかけようとした時、先に彼女が口を開いた。
「私、ラーメンの中ではあっさり系が大好きなんだよね」
「………えっ」
「背油多めでにんにく野菜増し増しの次郎系ラーメンも美味しいけど、やっぱり醤油や魚介系のらーめんが一番好き。でもたまに博多のとんこつラーメンも食べたくなるんだよねえ」
予想外な発言に驚愕して瞬きすらも忘れた。
レオが背油多めでにんにく野菜増し増しのラーメンを食べている所を想像したら、客は箸を止めてずっと彼女の方へ目を向けているだろうな。俺も是非、その場面を見てみたい!
「………へー、意外とラーメン好きなんだね」
「うん、私ラーメン大好だよ。あれ、言わなかったっけ?」
「初耳だけど。じゃあ何で誘った時躊躇ってたの?」
「ああ、それは………」
レオは急に俯いて口を閉ざした。
もしかして俺とらーめんを食べに行くのが嫌だったのか。だからあんなに躊躇っていたんだ。しまった、こんな事聞かなきゃよかった、俺のバカ野郎。
と思っていたら、レオは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、
「実は、昨日も一昨日もラーメンを食べに行ってたの」
と応えた。
「へっ?」
呆気にとられて変な声が出た。
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