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 なんて事だ。  彼女が絶対口にしないであろう言葉を吐くとは。しかし、そのギャップが俺の心を鷲掴み、さらにくすぐり回す。  「………そ、そうなんだ」  「うん………」  「そこまでらーめん好きだとは思わなかった」  そんな事を言ったもんだからレオは余計に恥ずかしくなり、茹でた(たこ)のように顔がどんどん真っ赤になっていった。  「でも違うの。これには訳があって、えーっとその………」  学校ではいつもクールに振舞っている彼女が珍しく狼狽していた。でもそれがまた新鮮で、恥ずかしくて顔を真っ赤にしている所もそれはそれは初々しく、いつもと違った一面を見れて俺は彼女にどんどん惹かれていった。  「私の友達もらーめん好きでさ、一日目は友達と二人でらーめん食べに行ったのね。二日目は別の友達二人がどうしてもらーめんを食べたいとか言いだしたもんだから、それで仕方なくらーめんを食べてしまったってわけ」  「なるほど」  「断れなくて………。友達とラーメン食べに行くの好きだし、トオルもそうでしょ?」  「確かに。でも二日連続でラーメン食べたら………」  『太るよ』と言いかけたところで口を押えた。レディに対して『太い』とか『デブ』は禁句だ。  「えっ、何?  今なんて言おうとしたの?」  「胃もたれとかしないのかなあって」  「それなら大丈夫。私いつも食べた後胃薬飲んでいるから、胃の調子の事なら心配しないで」  不適切な発言を上手く回避出来て安堵した。らーめん以外のものを注文すればよかったのではないかと思ったが、今更そんな元も子のない事を言うのはやめておこうと心の内に秘めておいた。  ここまで話を聞いて、レオはとても優しい人なんだとわかった。友達の誘いにも断らず、皆と別々のメニューにならないよう空気を読んで二日連続同じものを注文する。  友達を大事にするタイプだなと俺は見極めた。  本当はただのらーめん好きで毎日のように通っているとかそんな秘密を聞き出せたら面白そうど、いや流石にそれはないか。  レオの話をもっと聞きたいと興味が湧き始めた。ただ今日で三日連続のらーめんを食すとなると、胃薬でなんとかなるとは言ったものの、やはり食べ過ぎには注意してほしい所ではある。  「らーめん好きがここにもいたとはね。家族ともらーめん食べに行くの?」  「………最近はないかな」  勝手にレオの家族イメージを想像してつい口にしてしまった。素の表情へ戻った彼女を見て、これはどうもバツが悪そうな気がした。なんでもかんでも発言してしまう俺の口を今すぐにでも縫ってやりたい。  「そうなんだ」  「トオルは家族と外食とかする?」  「いや、俺も最近はないな。けど俺の家族の誰かが誕生日の日にだけ外食する」  「へー、いいなあ。そういうめでたい日に家族と外食って羨ましい」  「誕生日の日にらーめんって時もあるよ」  「え、うそっ!? いいじゃない、らーめん好きにとっては嬉しい事だよ」  「でも流石に誕生日くらいはもうちょっと洒落た所で祝ってほしいよ」  「えー、そうかなあ。私は誕生日の日でも全然らーめん屋でごはん食べてもいい」  「噓でしょ」  「ホントよ。ケーキをらーめんに見立ててその上にろうそく立ててもいいくらいよ」  「マジか。俺はそこまでしないけど、誰かの誕生日祝いにそういうのをやるんだったら見てみたいな」  「じゃあ、私の誕生日にやってくれる?」  「えっ」  そう来ると言葉に詰まる。冗談で言ったつもりなのに本当にやろうとしてる人がここにいるとは。レオは時折、人を驚かせるような言葉を唐突にぶっこんでくるのでそれが恐怖にすら感じてしまう。  「折角の誕生日にそれはちょっと………」  「どうして? 私なら全然いいよって今さっき言ったじゃない」  「そうだけど、でも一年に一度の生誕祭だし、ケーキの方がいいんじゃない?」  「勿論、ケーキも添えるわよ」  さいですか。らーめんにケーキ、うーん、カロリー凄い事になるなあ。  「………レオがそれでいいなら、次の誕生日はそうしようか」  「うん、お願いね」  そう言ってレオはスマートフォンを取り出した。画面を何度もタップしている所、どうやらフルキ―入力で文章を打ち込んでいるようだ。パソコンのキーボード入力と操作が同じで、こちらを得意とする人は大抵パソコン操作が得意な人だ、と俺は認識している。  俺もスマートフォンを取り出してLINEが来ていないか確認してみたが、誰一人として俺にLINEを送っている者はおらず、冬の時期に一人途方に暮れていたあの時の寒風を今背中に感じている。  しかし、この寂しさを打破してくれたのはらーめんだった。先程注文したらーめんが俺達の前に置かれ、出来たて熱々のどんぶり内に顔馴染みのチャーシューと海苔とメンマ、それにほうれん草、そしてスープの中から太麺が見え隠れしていた。  「お待たせ致しました。こちら醤油らーめんです」  「ありがとうございます」  俺はレオを一瞥した。  「わー、美味しそう」  彼女は笑みを浮かべ、手に持ったスマートフォンをらーめんに向けて写真を撮り始めた。  彼女が夢中になって撮影している隙に、俺もスマートフォンを彼女に向けてこっそりとその姿を撮影した。
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